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【特別対談4】柏木陽介氏と高萩洋次郎氏の変わらぬ友情 「いろいろあったからこそ本物の友達と気づいた」

[ 2025年12月19日 18:05 ]

16年、ACLの試合で競り合う浦和・柏木陽介(左)とFCソウル・高萩洋次郎
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 柏木陽介引退試合が21日、岐阜メモリアルセンター長良川競技場で開催される。その試合に先立ち、柏木陽介さん(38)と広島で共にプレーした盟友である高萩洋次郎さん(39)に話を聞いた。柏木さんは23年に現役を引退し、現在は岐阜のクラブアンバサダーと並行して様々な活動に取り組んでいる。今回は「仲間に感謝、岐阜から未来を」テーマに、現役生活最後の舞台として戦った岐阜への感謝の思いを込めて真剣勝負に挑むという。また、高萩さんは今年1月に引退後、第二の人生として選んだプロスポーツチームのデジタルトレーディングカードなどのサービスを提供する株式会社VOLZ(ヴォルツ)の社員としてもこの一戦に協力する。引退試合の記念グッズが当選するくじの販売や、協賛企業の招待者チケットのオンライン配布などで後輩の晴れ舞台を盛り上げる。【全6回の4回目】

 ――2010年からは別々の道を歩んできました。互いのことをどう見ていましたか?

 柏木「相手にしたらお互い嫌だったと思う。オレからしたらミシャのサッカーは本当に相手にしたら嫌だと思わされた。あらためて離れて気づいたし、レッズに行った当初は苦しくてなかなか勝てなかった。個はうまいけど、連係とかがなくて苦しんだ思い出がある。だから、相変わらずヨウジは楽しそうにプレーしているなという印象だった。あまり人に左右されないところがいいところだと思うし、サンフレッチェにいたら楽しかったと思いつつも、自分が成長するためには浦和に行くことも必要だったと思う。当時はそういう複雑な気持ちもあった」

 高萩「オレはメチャクチャ楽しかったから移籍しないでほしかった。そういうことは人に対して自分は『一緒にやりたいから行くなよ』というタイプではないので。全然、『浦和に行くんだったら行った方がいいんじゃない』と言うタイプでもあった。ただ、いつかはもう一回一緒にやりたいと思っていたけど、それは最後までかなわなかった」

 柏木「12年から浦和はミシャが来て、ヨウジを取るウワサが流れたことがあった。あれって何でなくなったの?」

 高萩「オファーが来てないと思う。当時はナオ君(石原直樹)が行ったじゃないですか。オレは断ったというウワサが流れていたらしい。でも、そもそもオファーすら来ていなかった」

 柏木「当たり前のようにフィットしたと思うし、オレもヨウジも後ろ(ボランチ)もできるから一緒にできたら良かったね」

 ――その後、互いにキャリアを築くなかで関係はどう変わっていきましたか?

 柏木「頻繁に連絡を取るわけではなく、年に1、2回は絶対に食事に行ったり、家族で集まったりとか、そういう関係だった。無理して会おうとかじゃなくて、会えるときに会おうという感じだった」

 高萩「東京と、浦和の距離であっても、会うのは年1回とかそんな頻繁にご飯行こうとはならなかった。そろそろ年末だし、オフになったから一回飯行こうかみたいに用があれば連絡するみたいな距離感だった」

 柏木「何も言わなくても分かり合えているところは変わらなかった。あらためてオレはいろいろあったじゃないですか?そうなってこういうのが本物の友達だと気づいた。連絡をしないと会わない人って増えていった。でも、そうじゃなくて連絡しなくても、どこかで絶対に会うし、会いたいって思うからこういうのが大事なんだと、あらためて思いました」

 ◇柏木陽介引退試合の記念グッズが当選する抽選くじのサイトが19日18時よりオープン(https://kujipl.tixplus.jp/lottery/yosukekashiwagi_202512_kuji?utm_source=newspaper)

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