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李忠成さん セカンドキャリアは投資家 シンガポール拠点に現役20年で蓄えた資産運用

[ 2025年2月26日 06:00 ]

自身のセカンドキャリアについて語った李忠成さん
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 【蹴トピ】23年シーズンを最後に引退した元日本代表FWの李忠成さん(39)は活動拠点をシンガポールに置く。20年のプロ生活で柏、広島、サウサンプトン、浦和、新潟シンガポールなど3カ国8クラブでプレー。豊富な経験を生かして日本と東南アジアのサッカーの橋渡しや、日本でのストライカー育成プロジェクトに加え、整骨院経営者や投資家の一面も持つ。ユニークなセカンドキャリアに迫った。 (取材・構成 木本 新也)

 現役時代と変わらぬ引き締まった体形で、李さんは取材場所の都内のカフェに姿を現した。シンガポールに拠点を置く現在の生活の軸は個人投資家。20年に及んだ現役生活で蓄えた資産を運用している。キャリア終盤から投資に興味を持ち、証券アナリスト試験の参考書を読みあさるなど勉強を積んできた。

 「サッカー選手には寿命があるけど、投資家に寿命はない。ウォーレン・バフェットも、チャーリー・マンガーも死ぬまで現役。自分から退場しない限り続けられるので、凄く憧れがある」。スタートアップ企業に特化した新ファンドを設立した本田圭佑と連絡を取ることも多い。

 経営者としての一面も持つ。浦和時代に都内で開業した整骨院は11年目を迎え、7人のスタッフを抱える。開業当時に浦和の強化幹部とペトロヴィッチ監督に呼び出され「選手なんだからピッチ上のことに集中しなさい」と注意されたが「プレーで判断してほしい」と突っぱねて経営を続行した経緯がある。その後、興梠慎三さんが地元宮崎で家族が経営していたローストチキン店を関東に出店、槙野智章さんが整髪料をプロデュースするなど浦和の選手がビジネスを始める契機になった。

 ビジネスに関心を持ったのはサウサンプトン時代。多くの選手が不動産などの投資事業に関わっていた。チームメートとの食事会でも経営者としての話題が中心。李さんは「空いた時間をどう使うかは選手次第。テレビゲームをする選手もいれば、パチンコをする選手もいる。プレミアの選手たちに刺激を受けて経営の勉強をしようと思った」と振り返る。

 多彩なセカンドキャリアを歩むが、常に頭にはサッカーがある。引退直後から次世代ストライカー育成を目指すプロジェクト「点取り屋」をスタート。小学生から高校生を対象に、得点に特化した指導を施している。3年間で47都道府県を回る計画で、24年は15都市で開催。自身も小学4年時に参加したサッカー教室で釜本邦茂さんの強烈なシュートに衝撃を受けた過去があり「引退直後で体が動くうちに子供たちに本物のプレーを見せたい」と言う。パフォーマンス維持のため、現在も筋力トレやランニングを継続している。

 東南アジアでプレーする日本人選手のマネジメントや、現役Jリーガーへの個別指導も行っており、昨季は東京VのFW木村勇大に定期的にアドバイスを送った。解説者としてメディア露出も多い。李さんといえば、11年アジア杯決勝オーストラリア戦の延長戦で決めた決勝ボレーが代名詞。「今でも当時を知らないはずの子供たちから“ボレーの人だ”と声をかけられる。本当にありがたい。サッカーに育ててもらったので、死ぬまでサッカーには関わり続けたいですね」。現役時代と同様に己の信じた道を突き進んでいく。

 ◇李 忠成(り・ただなり)1985年(昭60)12月19日生まれ、東京都田無市(現西東京市)出身の39歳。在日韓国人4世で07年2月に日本国籍を取得した。FC東京の下部組織出身で、04年にトップ昇格。柏、広島を経て12年1月にイングランド2部のサウサンプトンへ移籍した。13年にFC東京に期限付き移籍し、14年に浦和に完全移籍。横浜M、京都を経て22年に新潟シンガポール入り。U―23日本代表として08年北京五輪に出場。国際Aマッチ11試合2得点。趣味はゴルフ。利き足は左。身長1メートル82。

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