安住紳一郎アナ 久米宏さんの“後継”として番組担当に本音「もがいていた」 起用の秘話も明かす

[ 2026年1月18日 12:22 ]

TBS・安住紳一郎アナウンサー
Photo By スポニチ

 TBSの安住紳一郎アナウンサー(52)が18日、同局ラジオ「安住紳一郎の日曜天国」(日曜前10・00)に生出演。1日に81歳で亡くなっていた、キャスターの久米宏さんの“後継”として司会を務めたことへの思いを吐露した。

 久米さんは1967年にTBSに入社。安住アナはその30年後に同社に入社。ちょうど30年の違いがある。「久米さんの残された功績などは皆さんが紹介されていますので、私がする話などは出尽くしてしまっているんですが」としつつ「久米さんは優秀な方だったので、久米さんの通った道っていうのが30年離れていますけどもはっきり残っていましたね。“久米の前に久米なし、久米の後に久米なし”なんて言われて、“TBSの男性アナウンサーは久米さん以外は…”というような論調もあって、ずいぶん悔しい思いをした先輩も多かったようですけども。一方で、久米さんの残してくれたもので私たちがそのあとも闊歩していたみたいなこともあったわけで。やっぱり久米さんには頭が上がらないというところがありますよね」と話した。

 久米さんが司会進行をしたクイズ番組「ぴったしカン・カン」(1975~86年)のリメイク版、バラエティー番組「ぴったんこカン・カン」の司会を03年4月から務めた安住アナ。「最初はね、完全にリメイクだったんですよね。ただ最後はどう見てもロケ番組になって。2時間番組でも最後にクイズをなんか間に合わせで1問やるだけみたいな感じ、おかしなことになってました」としつつ「久米さんの『ぴったしカン・カン』のリメークっていうことを最後まで踏襲するという事だったんですよね」と懐かしんだ。

 さらに久米さんの代名詞でもある「ザ・ベストテン」の特番でも黒柳徹子とともに司会をしたこともあった。「『復活ザ・ベストテン』ということで、2000年から2005年か。6回かな、私が担当することになって。私も当時26歳だったのかな。まだよくわかってなかったんでできたんでしょうけれども。まあ大変な大役をいただいてプレッシャーの中もがいていたという感じがしますね」と振り返った。

 「『ザ・ベストテン』をおこがましくも私が後継ということで少し復活の特別番組を担当させてもらうことになって」と安住アナ。当時プロデューサーから「お前、兄弟は?」と聞かれ、「2つ上に姉がいます」と答えたところ、「“じゃあ、お前で決まりだな”と。久米さんもお姉さんが確か2人いらっしゃって。そういう兄弟構成をヒントに、私に、そういう役を与えてくれたというようなこともありました」と話した。

続きを表示

「久米宏」特集記事

「美脚」特集記事

芸能の2026年1月18日のニュース