【細川たかし 我が道21】「たか・弦」が作るたかしの世界 「佐渡の恋唄」が契機となりヒット曲続々

[ 2025年6月22日 07:00 ]

たらい舟に乗り、新曲「佐渡の恋唄」のキャンペーンを行った細川たかし
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 尊敬する歌手はたくさんいますが、別格の存在は日本コロムビアの先輩だった美空ひばりさんです。

 生前は「ねえ、たかし」と相当可愛がっていただきました。毎年5月29日の誕生日は、森昌子さんと2人だけは必ず青葉台のご自宅にお呼ばれしました。ご自宅の庭で、ひばりさんの前でアカペラで歌ったことも思い出ですが、夜中にひばりさんの浪曲を聴いたことも懐かしいです。酔うとひばりさんは最後に必ず浪曲を歌いました。それを聴くまでは何ぴとたりとも帰れない、鉄の掟(おきて)がありました。

 歌手としては到底ひばりさんにはかないません。しかし「佐渡の恋唄」という新潟・佐渡を舞台にしたヒット曲を持ったことは、ひそかな自慢です。それまで「ひばりの佐渡情話」しか、佐渡をテーマにした流行歌のヒット曲はありませんでしたから。

 1991年。新潟県出身のたかたかしさんが作詞し、弦哲也さんの作曲で「佐渡の恋唄」ができました。歌詞では四十九里(約200キロ)とよく表現されますが、実際には新潟市から佐渡の両津まで70キロ弱だそうです。この距離感が佐渡をテーマにした作品のカギです。たかさんも柏崎と、たらい舟で有名な佐渡の小木港と離れ離れになった男女の恋を描きました。そこに、弦さんは民謡の節回しも入れ込んだ、歌っていて実に気持ちが良いメロディーをつけてくれました。カラオケユーザーが待ち望んだ作品だったのでしょう。音楽業界誌のトップ20チャートに、なんと64週、1年3カ月も連続して入るという超ロングセラーを記録したのです。

 遠い佐渡ですが、キャンペーンで何度かお邪魔しました。両津の「大漁まつり」に招待されて、佐渡観光協会名誉会長に指名されたり、94年7月には小木港に「佐渡の恋唄」歌碑が建てられました。故郷の北海道以外で歌碑や記念碑を建てていただくのは初めてのことで、すっかり親近感を持つ歌の舞台となりました。

 「佐渡の恋唄」が契機となり、この後「たか・弦」コンビの作品を数多く歌わせてもらいました。93年「恋の酒」、94年「北斗の星」、95年「ふたり道」、96年「女のしぐれ」、97年「冬の宿」、99年「夢のゆめ」、00年「雪港」、04年「夫婦ごころ」、09年「櫻の花の散るごとく」と、2人のコンビによる作品を歌いました。それぞれテーマも曲調も全く異なりますが、作品と歌い手の私の波長が合っているのでしょう。勝手な想像ですが、たかさんの詞が弦さんのメロディーを呼び寄せるのではないでしょうか。歌に出てくる主人公は、本当に「いい女」ばかりです。艶っぽい詞が艶っぽいメロディーを集めるのでしょう。だから、歌っていても気持ちが良いのです。

 歌手人生を振り返ると、最初はなかにし礼さんと中村泰士さんのコンビが私を世に出してくれました。91年以降は、たかさんと弦さんの2人に細川たかしの歌の世界をつくっていただいたと深く感謝しています。

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