【細川たかし 我が道12】レコ大新人賞から白バイ先導で紅白直行 いきなりトップバッター

[ 2025年6月13日 07:00 ]

80万枚の大ヒットとなったデビュー曲「心のこり」のジャケット
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 デビュー曲「心のこり」は1975年4月1日に発売され、結果的には業界誌チャート1位を記録、レコード売り上げ80万枚の大ヒットとなりました。自分でも信じられない快挙は間違いなくうれしかったのですが、身辺は急激に忙しくなりました。

 この1年は、ひたすらキャンペーンとテレビ出演の繰り返しでした。ある時、横浜の中華街でたすきをつけてキャンペーンをしていると「あ、おバカさんが歩いてる」と子供が指をさすのです。「細川たかし」という歌手よりも「心のこり」という楽曲が独り立ちしていたのです。自分のデビュー曲が、物凄い勢いで世の中に浸透していることを肌で感じた瞬間でした。これが「ヒットすること」なのか、と理解しました。

 一方、月曜日は日本テレビの「紅白歌のベストテン」、水曜日はフジテレビ「夜のヒットスタジオ」という具合にほぼ毎日、テレビで歌っていた思い出があります。本当に休みもなく、月日が過ぎていきました。四谷のマンションに単身で住んでいましたが、忙しくて、ただ帰って寝るだけの生活でした。当然、洗濯などしません。はいた靴下は洗わずにゴミ箱に捨てましたし、着た下着は段ボール箱に詰めて、札幌にいる妻に送っていました。洗濯してもらい、また東京に送り返してもらっていたのです。そんな話が漏れ伝わり、面白がられて、女性週刊誌に取り上げられました。しかし、そうした多忙さこそが、「歌手になりたい」と思った夢が実現した充実感につながりました。

 そうして1年間無我夢中で働いた結果、大みそかの「第17回日本レコード大賞」最優秀新人賞候補にノミネートされました。「スター誕生!」出身の岩崎宏美ちゃんとの一騎打ちでした。「ロマンス」がヒットした彼女と日比谷の帝国劇場のステージで並んで、審査結果を見守ることになりました。別会場の審査員会での開票作業をステージ上で見るのです。今思い出しても、心臓に悪い話です。1票ずつ名前が読み上げられ、そのたびにボードの名前の横に「正」の字の一画が書き加えられていきます。司会の高橋圭三さんの「細川たかしさんに決定です」という声を聞いた瞬間、涙がこみ上げてきました。

 この年、宏美ちゃんも私も「第26回紅白歌合戦」出場歌手に選ばれていました。受賞の喜びを深くかみしめる余裕もなく、すぐに渋谷のNHKホールへバタバタの大移動でした。白バイ先導でNHKホールに飛び込むと、息つく間もなく新人の2人がトップバッターです。しかも私が48組の全出場歌手の最初に歌いました。まさにあっという間です。子供の頃からテレビで見て憧れていた、念願の「紅白」の舞台でした。感慨にふける間もなく、あっけなく出番は終わりました。緊張してあがることすらなく、残りの時間は暇を持て余していました。この時に生じた心の隙が、後に「紅白の魔物」を生むのかもしれません。

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