「スニーカーぶる~す」でジャニーズ初ミリオン、裏に周到「初登場1位」戦略

[ 2021年5月1日 05:30 ]

近藤真彦 ジャニーズ事務所退所

ジャニーズ事務所
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 近藤の歌手デビューは日本の音楽史に残る革新的なものだった。作詞松本隆氏、作曲筒美京平氏のヒットメーカーが組んだデビュー曲「スニーカーぶる~す」はオリコン史上初めて新人歌手が初登場1位を獲得。ジャニーズ勢で初のミリオンセールスとなった。

 ヒットの裏には「初登場1位」を最初から取りにいくという藤島メリー泰子氏らの周到な戦略があった。発売日は1980年12月12日の金曜日に設定。それまでレコードは5日や10日といった「五十日」に発売されるのが通例だったが、平日に大々的にプロモーションを行い、週末に一気に購入を促す作戦に打って出た。金土日の3日間だけで約10万枚売れ、狙い通り初登場1位。2週目以降はクリスマスプレゼントやお年玉の効果でセールスを伸ばした。これ以降、音楽界は「オリコン初登場1位」を狙うことが基本戦略となっていった。

 近藤は「スニーカー…」の発売以降、翌81年9月にかけ、1年以内に「ヨコハマ・チーク」「ブルージーンズメモリー」「ギンギラギンにさりげなく」がヒット。「愚か者」(87年)や「ミッドナイト・シャッフル」(96年)などもヒットした。

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