【震災から10年 私の背中を押してくれた曲<2>】「愛は勝つ」「負けないで」「上を向いて歩こう」

[ 2021年3月10日 15:21 ]

 東日本大震災は11日で発生から10年を迎えます。スポニチアネックスでは「私の背中を押してくれた1曲」アンケートを実施。たくさんの曲にまつわるコメントをいただきました。なかなか前を向けなかった時、一歩を踏み出せなかった時、心に寄り添ってくれた、背中を押してくれた曲の数々。皆さんからいただいた「私の背中を押してくれた1曲」を紹介します。

 【東日本大震災10年~音楽の力~「私の背中を押してくれた1曲」】アーティスト名は五十音順。一部は歌手名・楽曲だけ

◆Oasis「Whatever」(作詞・作曲Noel Gallagher・Neil Innes、1994年)
→何でもできるやってやろうって感じになる。

◆岡本真夜「TOMORROW」(作詞・作曲岡本真夜・真名杏樹、1995年)

◆尾崎豊「僕が僕であるために」(作詞・作曲尾崎豊、1983年)

◆GAGLE「うぶごえ(See the light of day)」(作詞HUNGER、作曲DJ MITSU THE BEATS、2011年)
→マイナーなジャンルの巨匠の作品。歌詞が素晴らしく、今でも勇気を与えてくれる曲です。東北出身で震災が起きてから創ったトラックだからリアルな歌詞。

◆河合奈保子「ハーフムーン・セレナーデ」(作詞吉元由美・作曲河合奈保子、1986年)

◆川嶋あい「しあわせ運べるように」(作詞・作曲臼井真、2009年)
→今でも聴く度に泣いてしまうけど、その後前向きにさせてくれます。

◆KAN「愛は勝つ」(作詞・作曲KAN、1990年)
→「心配ないからね 君の想いが誰かにとどく 明日がきっとくる」という歌詞を思い出して、停電して道路が陥没して、余震が続いて、また大きな地震が来たら地元に帰ることが出来ないんじゃないかという不安な気持ちで千葉県内にいましたが、今日で終わりじゃない、明日がくることを諦めないという強い気持ちを持てるようになりました。

◆クリープハイプ「風にふかれて」(作詞・作曲尾崎世界観、2010年)
→私は三重に住んでいて、震災が起こった日は少し長いゆらゆらした揺れを感じた。地震だ。その瞬間はよくある地震かな?と思い、つけたテレビでは凄まじい光景が広がっていて、でも遠くにいる私にはどこか現実離れした状況に感じた。それから世間では節電が叫ばれ、東北に頑張れとエールを送る。しかし募金程度しか出来ない自分。なんだか、これで良いのかなって思っていた。そんな中、クリープハイプが名古屋でライブをするという。中止や延期になるライブもある中、やるなら行きたいけど、こんな世の中なのにいいのかな?と、若干の戸惑い。クリープハイプのホームページを開くと、真っ黄色な背景の尾崎世界観の日記に、ライブしに行くから。ライブ見に来てください。と書いてあった。よし、行こう。そう決めて、チケットを買って池下のCLUB UPSETというライブハウスに向かった。
ボーカルの尾崎世界観さんはMCで地震のことや自分の育った東京のこともちょっと触れて、なんだか淡々と話すからとても静かな空間になってて空調の音まで聞こえてて、それでも尾崎さんが伝えたいことはなんとなく伝わってきた。そして歌われた「風にふかれて」。「君はまだ生きる生きる生きるよ」って歌詞、 とても想いがこもってたと思う。その場にいなくても、クリープハイプの音楽を欲してる人に届けたいって歌ってるのかなーと思いました。それ以来、この曲を聴くとその事を思い出し、同時に復興を願っています。

◆GReeeeN「Green boys」(作詞・作曲GReeeeN、2011年)

◆GLAY「Bible」(作詞・作曲TAKURO、2012年)
→私の背中を押してくれた曲です。震災から1年が経っても自分が今生きている意味や将来に向けての思いや葛藤が頭の中でモヤモヤしていた時に大好きなGLAYの新曲「Bible」を初めて聞いた時それまでの悩みが少しずつ消えていったのを今でも覚えています。その中でも今でも心の支えになっている歌詞が「千の哀しみはあなたを逃がしはしないだろう 千の苦しみはあなたを優しさ知る大人に変える」この歌詞に出会ったおかげで現実を受け入れる意味を知ることができました。

◆桑田佳祐「Let's try again~kuwata keisuke ver.~」(作詞・作曲桑田佳祐、2011年)

◆ゴスペラーズ「BRIDGE」(作詞ゴスペラーズ・作曲村上てつや、2011年)
→当時、私の会社に新卒で福島県の双葉町から研修に来ている人がいました。あの3月で2年の研修を終える矢先の出来事でした。幸いご家族も無事で後日会えたようですが…。彼とご家族の生活は一変し、この先の不安と失望感はどれほどだったかと思うと、なんと声をかけたらいいのか分からず、ありきたりの言葉しか出てきませんでした。今でも心が痛みます。そんな中、このゴスペラーズの曲を彼らのハーモニーで聞いたときに、どうか彼もご家族も被災された方々も今は小さな明かりかもしれないけど決して絶やさずに一緒に明日をみつめていけるように、何か私たちにもお役に立てることがあるんじゃないか。大した事はできないけど、思いを馳せてできることがあったら恩着せがましなくできることをしよう!と思った曲です。

◆ZARD「負けないで」(作詞坂井泉水・作曲織田哲郎、1993年)

◆西城秀樹「ホップ・ステップ・ジャンプ」(作詞山崎光・作曲水谷公生、1979年)

◆坂本九「上を向いて歩こう」(作詞永六輔・作曲中村八大、1961年)
→東京に住んでいましたが、未曾有の大災害になんとも言えない不安な気持ちでいましたが、いつのまにかこの歌を口ずさんでいました。そしてこの歌に励まされ、前向きに生きていこうという気持ちになりました。

→頻繁に曲が掛かっていました。震災後から岩手県と宮城県で約5年間被災港の復興設計で赴任していた私は、着任当時はこんなプロジェクトは私では務まらないと思っていましたが、特に山田町の漁組の役員さんと知り合って牡蠣を頂いたり、その触れ合いが救ってくれました。今でも当時の事は頭から離れません。今はコロナで別の意味で国民が苦労しています。被災地は徐々にですが復興を成し遂げていますが、まだまだ途上です。特に宮古市で水門を閉めるために亡くなった地元消防団の御仁…。彼は凄いなと思っています。その奥様もご主人を亡くされた悲しみを乗り越えて今は元気で暮らしていると思いますが、一方トラウマはずっと消えないと思います。頑張ってとは口が裂けても言えません。ただただ一日も早く平常な日常に戻ってください。

◆坂本九「見上げてごらん夜の星を」(作詞永六輔・作曲いずみたく、1963年)
→震災の日、街の灯りが一斉に消えて恐怖と不安な中、夜空の星だけが綺麗だった事は今でも覚えてる。この歌とあの日の空は今でも何かあると自分を励ます心の歌です。
→大手酒造メーカーが“希望の歌バトンリレー”という企画を立ち上げ、坂本九さんの「上を向いて歩こう」と「見上げてごらん夜の星を」を多くの芸能人がリレー形式で歌ってました。その中でも私はベッキーの歌声に救われた。ほんの数秒の歌声を何度も楽しみにしている自分に気づいて、まだ頑張れるなって思いました。ありがとうベッキー。

◆崎谷健次郎「涙が君を忘れない」(作詞松井五郎・作曲崎谷健次郎、1991年)

◆指田郁也「花になれ」(作詞指田郁也・jam 作曲指田郁也・森俊之、2012年)
→14年のソチ五輪で羽生結弦選手を知り、この曲で彼が滑る動画を飽きることなく見続けて来ました。羽生選手が仙台出身であること、指田郁也さんとの出会い、そしてお2人がこの曲で歌い、滑ることに込めた想い。それらを知るにつれ、この曲で羽生選手の滑る姿が、私の東日本大震災への想いに繋がっていきました。この曲が、彼の滑る姿があるから忘れないでいられる。優しい気持ちになる。遠い東北の人たちへ想いを馳せることができる。「あなたは今、笑えてますか?どんな息をしてますか?」何か、私にもまだ何かできるだろうか?と常に思い起こさせてくれる、大好きな曲です。

◆侍「One Big Family~立ち向かうすべての人々へ~」(作詞・作曲侍、2011年)
→震災から数日でYouTubeでUPされた曲です。避難所にも歌いに来てくれて力をもらいました。

◆スピッツ「小さな生き物」(作詞・作曲草野正宗、2013年)
→13年にリリースされてますが、アルバムは震災後に制作に取り組まれたものですが、当時の私の心境によりそうもので、今でも励まされております。

 私の背中を押してくれた曲<3><4>は11日に配信します。

続きを表示

2021年3月10日のニュース