信越線立ち往生 判断は妥当だったのか…現場でしか分からないこと

[ 2018年1月16日 10:30 ]

雪で立ち往生したJR信越線の車両(左)と、乗客を迎えに来た人の列=12日午前6時27分、新潟県三条市
Photo By 共同

 新潟県三条市のJR信越線で11日夜、電車が大雪のため立ち往生し、乗客430人が一晩中車内に閉じ込められた。運転再開は翌12日の昼までかかり、多くの乗客は15時間以上も缶詰め状態を強いられた。

 ニュースは時間が経過するにつれ、批判的な論調で伝えられたのが少し気になった。12日未明ごろから、家族が自家用車などで迎えに来た乗客は車両を離れていた。また病人は救急搬送された。それならば、別の交通手段による代替輸送はできなかったのか。そう疑問を感じた人も多いだろうし、菅義偉官房長官らも指摘していた。

 だが、田園地帯で建物のほとんどない現場は暗くて雪が深く、道路と田んぼの境界がほとんど見えないような状況だったという。自己責任の個人ならともかく、公共交通機関であるバスやタクシーが責任を持って輸送できるかは、きわめて微妙といえる。

 そもそも、電車の運行自体が無謀だったのではという指摘もある。電車は手前の東光寺駅から約300メートル進んだところで止まってしまった。せめて手前の駅で待機していれば、という声も乗客から出ていた。だが同駅と次の帯織駅はともに無人駅で、駅舎もごく簡素なもの。そこで待機したとしても、状況は大きく変わらなかったのではないか。

 会見したJR東日本新潟支社の担当者は「常に安全は最優先だが、到着するのも使命。仮に遅れが出ても走らせたいとの思いもあった」と話し「除雪で何とかと思ったが、時間がかかった。今後の教訓にしないといけない」と反省を述べたという。とはいえ、北国では大雪は日常の光景。どこで運行不可能と判断するかは難しく、後から論じてもほぼ結果論になってしまう。

 もちろん、今後は同様の事態は避けなければならず、どこかで落としどころが必要なのは分かる。しかし少なくとも、現場の事情に基づいた慎重な検証を行う前に、判断の是非を語るのは難しいだろう。

 また、いつも都会の感覚、中央の感覚だけで物事を考えていると、時に本質を見誤ることがある。必ずしも現場にいることができず、想像力を求められる状況も多い記者としても、あらためて肝に銘じたいと感じた。(記者コラム)

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2018年1月16日のニュース