染五郎「覚悟決めた」いざ幸四郎の道 「ぼくはぼくとしての幸四郎を」

[ 2017年11月12日 10:00 ]

十代目松本幸四郎の襲名へ意気込む市川染五郎
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 来年1月に十代目松本幸四郎を襲名する歌舞伎俳優の市川染五郎(44)は、上演中の東京・歌舞伎座11月公演「吉例顔見世大歌舞伎」(25日まで)をもって、染五郎の名前と別れを告げる。父から引き継ぐ大名跡。「まだ実感は湧かない」と正直な思いを吐露しながらも、「覚悟は決まっています」。幸四郎の名前で刻む新たな歴史を前に、区切りの舞台で躍動している。

 父の松本幸四郎(75)が松本白鸚、息子の松本金太郎(12)が市川染五郎と、親子3代の同時襲名を記者発表してから、すでに1年がたつ。それでもまだどこか面はゆく「父はもちろん、祖父も幸四郎でした。ぼくのよく知る2人の名前を自分が、というのは正直まだしっくりこないです」と苦笑いする。もっとも「(来年1月からの)襲名披露では口上が毎日あるので、次第にしっくりくるんでしょうね」と想像している。

 高麗屋(一門の屋号)は、歌舞伎にとどまらず幅広いジャンルの演劇に挑戦してきた伝統がある。八代目の祖父はシェークスピアの戯曲を愛し、九代目の父は「ラ・マンチャの男」「王様と私」などミュージカル界にも大きな功績がある。「父の挑戦を見て育った」という染五郎も、役者としてさまざまなジャンルで活躍してきたが、ひょっとしたらこの家系でも屈指の“歌舞伎好き”かもしれない。

 舞台の話をしているときは冗舌だが「オフのときは何をしています?」という質問には「うーん…」と考え込む。家の中でも金太郎とは基本的に歌舞伎の話。「幸い、彼も歌舞伎が好きなので」と笑顔を見せるが、それは本人が無類の“好き者”のため、金太郎が「仕方ないなぁ…」と話を合わせている姿が目に浮かぶ。

 その傾向に拍車がかかっているのは、歌舞伎役者としての極意をつかみかけている感覚があるからかもしれない。

 「意識が自然に役へと集中していく感じがあるんです。発する声であったり、感情の持っていき方であったり。昔は一つ一つ力を入れていたのですが、役になりきることができるようになっている。そのせいか、汗をかく量が減りましたね」

 そんな役者としての凄みを見せたのが、ちょうど1年前の歌舞伎座11月公演の演目「元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿(おはまごてんつなとよきょう)」。染五郎は吉良を暗殺しようとする赤穂浪士の富森助右衛門(とみのもり・すけえもん)を演じ、それをいさめる徳川綱豊を演じたのが片岡仁左衛門(73)だった。2人の丁々発止は、客席から「高麗屋!」「松嶋屋!」と声を掛ける暇さえ与えなかった。

 「あのときは、幕が上がるたびに“今日こそは仁左衛門のおじさまを言い負かして吉良を討とう”と思って舞台に上がっていました。そんなことしたら討ち入りがなくなるんですが、毎回歴史を変えてやろうという気持ちでしたね」

 今月も夜の部「元禄忠臣蔵 大石最後の一日」を上演。親子3代が勢ぞろいしており、3人が現在の名前で務める最後の演目だ。千秋楽は大変な盛り上がりとなりそうだ。

 切腹を命じられた赤穂浪士の最後の日を描き、幸四郎は当たり役の大石内蔵助、染五郎は切腹を間近に控えながらも新妻のことが忘れられずに苦悩する、磯貝十郎左衛門を演じている。

 「父が、最後は3代で、ということでこの芝居を選んだんです。だから、染五郎として最後という気持ちをしっかり意識して務めています」

 ラストは武士としての覚悟を決め運命に身を委ねる磯貝。その姿は歌舞伎の家に生まれ、大名跡を継ぐ定めを背負った染五郎と、どこか重なるように思える。幸四郎がこの演目を選んだのは、息子へのエールとも取れそうだ。

 「父も引退するわけじゃない。ですが、幸四郎は自分なんだと世間に知っていただかないといけない。そのためには半端なことはできません。祖父には祖父の幸四郎、父には父の幸四郎があった。ぼくはぼくとしての幸四郎を作りたい。その覚悟は決まっています」

 静かな口調ながらも、言葉には強い気持ちがこもっていた。

 ≪米でも好評 真骨頂「鯉つかみ」≫真骨頂は昼の部「鯉つかみ」かもしれない。早替わり、宙乗り、本水(本物の水)を使ったアクションなど、歌舞伎の技量が全て詰まった痛快エンターテインメントだ。染五郎は主人公と、琵琶湖の鯉の精の2役を演じる。15年から2年続けて米ラスベガスでも上演。10万人以上を動員した。「つい最近まで縁のなかった作品なのに、すっかり関わりの深い大切な作品になった。歌舞伎座でも迫力は変わらないはず」と自信を見せた。

 ◆市川 染五郎(いちかわ・そめごろう)本名藤間照薫(ふじま・てるまさ)1973年(昭48)1月8日、東京都生まれ。79年3月、歌舞伎座で三代目松本金太郎を名乗り初舞台。81年10月に染五郎を襲名。03年11月に結婚。歌舞伎以外でも劇団☆新感線の「阿修羅城の瞳」(00、03年)などの舞台や映画、ドラマなど多方面で活躍。

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