ゾンビ映画の父死す…思い出す三十数年前、あの伝説の作品

[ 2017年7月19日 11:30 ]

2009年9月、トロント国際映画祭で、ゾンビのコスプレをしたファンと記念撮影するジョージ・A・ロメロ監督 (AP)
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 “ゾンビ映画の父”と言われる米ホラー映画監督のジョージ・A・ロメロ氏が亡くなった(享年77)。1968年に発表した映画「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」で、「ゾンビは人間を食べる」「ゾンビに噛まれるとゾンビになる」「ゾンビの急所は心臓ではなく頭部」という“ゾンビの文法”を確立。それ以降のゾンビ映画は、基本的にこの“お約束”を踏襲している。1978年には、「ゾンビ(邦題)」のタイトルで公開した作品が世界的に大ヒットしている。

 これらロメロ監督作品は映画史の観点からみても重要なものが多いが、記者にとっては1982年に全米で公開されたオムニバスホラー「クリープショー」が忘れられない。実はこの作品が日本で初めて正式に上映されたのは、1985年の第1回東京国際ファンタスティック映画祭だった。ロメロが監督し、あの有名ホラー作家ステーブン・キングが脚本というマニア垂涎(すいぜん)の1本。作品を見られない日本のファンの間でも、すでに伝説になっていた。

 満を持しての上映ということで、チケットは争奪戦。おまけに映画祭の目玉企画、4本立てのオールナイト(ほか3作品はリュック・ベッソンの監督デビュー作「最後の戦い」、デビッド・クローネンバーグの「デッドゾーン」、そして名作「エルム街の悪夢」という豪華さ!)での上映だったこともあり、記者はチケットを手に入れられなかった。なんとかならないものかと、上映劇場の、いまはなき渋谷パンテオンの入り口付近をウロウロしていたことを覚えている。

 映画祭での観賞を逃し、もう見ることはできないか…とあきらめていたが、翌年、日本でも劇場公開。なんと、あのサム・ライミ監督の、「死霊のはらわた」に続く2作目「XYZマーダーズ」と同時上映だった。

 「クリープショー」のクリープ(creep)とは、日本語で「腹ばいで進む」の意味。映画館から這(は)って出なければならないほどの恐怖を味わってほしい、という意図が込められていたという。

 夢にまで見た作品は、恐怖におののくと言うよりは、ポップで色彩豊かな、アメリカンコミックのようだった。いま振り返れば、エド・ハリス、テッド・ダンセン、レスリー・ニールセンとキャストも充実(当時はまだそれほどでもなかったが)。スティーブン・キングまでもが出演していたのだ(おまけに息子も!)。もう1回見たい。エンドクレジットが流れ始めた瞬間に、そう思わせる作品だった。

 実際、当時はまだ入れ替え制ではなかったことから、「XYZマーダーズ」を見た後、2度目の「クリープショー」を楽しんだ。レーザーディスク(まだDVDはありませんでした)が発売されると、お小遣いをはたいて購入。深夜、電気を消した部屋で繰り返し観賞した。

 ロメロ死去の報に接し、久々に「クリープショー」を見てみたくなった。

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2017年7月19日のニュース