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伊藤洋三郎 元付き人が明かす松田優作さんとの日々「プロのドライバーも根を上げた」

[ 2016年10月18日 17:20 ]

松田優作さんとの思い出を語る伊藤洋三郎
Photo By スポニチ

 例えそれがワンシーン出演であっても、いぶし銀のオーラは観客の目を引き付ける。俳優・伊藤洋三郎(61)。10月29日公開の映画「秋の理由」(福間健二監督)で主演を張る。若かりし頃、下北沢の焼き鳥屋で初対面の故松田優作さんとけんか寸前になった。それをきっかけに付き人になり、やがて優作さんと同じ道をたどる。30数年、俳優業だけでは家族を養うことができず、アルバイトで糊口(ここう)をしのぐ日々もあったが「あの人を裏切る気がする」から俳優は辞められないし、辞めることなど考えたこともない。

 「僕らが懐中電灯だとしたら、優作さんは巨大な映画用の照明。物すごいパワーがあるし、常識を軽々と超える人だった。当然近くにいればヤケドするし、焦げることもある。危険である一方で、その危なさが魅力でもあった」と、40歳という若さで世を去った伝説の俳優を回想する。付き人を務めたのは1年ほどだが、それは優作さんの付き人としては長期間なのだという。「何時から何時までというのがない人で、一度付き合うと終わりがない。ちょっと待っていてくれと言われて3時間以上車の中で待機したこともあるし、待っている間に寝ようものならば即クビ。運転手として雇ったプロのドライバーも音を上げるほどだった」。

 その厳しさは仕事でも。「優作さんの映画に対する思いは強く、映画のためなら命を削る覚悟があった。はたから見ると優作さんは天才的であり特別なものを持った人だけれど、本人は何も特別だとは思っていないから、同じような覚悟を周りにも求める」。当時の伊藤は20代前半、若さに加え運動部出身という経歴もプラスになり、酒の席でもとことん付き合った。それもあってか、優作さんは遺作となった作・演出の舞台「モーゼル」で伊藤を主演に指名するなど、公私ともに目をかけてくれた。

 「色々な人が出入り禁止になっていたけれど、自分は一度もなかった。それが嬉しい。体質と波動が合ったのかもしれない。すごく可愛がってくれて、仕事上の相談にも乗ってくれた。優作さんが俳優の面白さを教えてくれたからこそ、今も自分はこの仕事を続けられている」と実感を込める。

 本人からがんであることを打ち明けられた時は、治るがんだと思っていたし、入院の際には付き添いを買って出たこともある。最後の会話は入院先の病院の屋上。「たばこ持っているか?」と言われ一緒に付き合い、様々な話をしたのが今でも忘れられない。それから2か月後の1989年11月6日、優作さんは帰らぬ人となった。愛用のベルトとジャケットの上着を形見としてもらったが、ベルトはボロボロに擦り切れてしまい、今はもうない。

 しかし時間がいくら過ぎようが、伊藤の中で優作さんは未だ健在だ。「心の中にはいるし、ただ会えないだけという感覚。離れていても想っていれば、どこかで生きていると思えるから」。時々、優作さんを感じることがある。安藤サクラの父親役で出演した映画「百円の恋」(2014年)は第1回松田優作賞受賞脚本の映画化であり、その出演が縁で映画「恋」主演の話が舞い込んだ。その演技が、今回の主演映画「秋の理由」へと繋がった。

事務所には所属せずフリーランスで活動中だが、映画やドラマ、舞台、特に石井隆監督作では常連俳優として知られている。「演技であろうと、本気でやるしか自分には能がない。それは30年以上経っても変わらないもの。バカなのかもしれないけれど、慣れることがないのが自分の唯一の長所」と不器用だが、演技に対する熱量は師匠・優作さんに負けてはいない。

 60代に突入したが、映画「秋の理由」で演じた本の編集者同様に伊藤には引退という文字はない。「歳をとって枯れるのは当たり前。その逆をやるのが表現者。ジャッキー・チェンばりのハードなアクションにも挑戦してみたい。覚悟は決めているから、オファーがあればいつでも」と気持ちは優作さんと出会った頃のまま、いつまでも若々しい。(石井隼人)

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