美輪明宏の「ヨイトマケの唄」 根底に流れるのは無償の愛!

[ 2016年9月26日 09:00 ]

 【川田一美津の「何を今さら」】先日、池袋の東京芸術劇場で開催中の「美輪明宏 ロマンティック音楽会」(9月25日まで)に行って来た。毎年、春は舞台、秋は音楽会を行っている美輪の恒例のコンサート。平日昼間の公演だったが、会場は満席だった。2部構成の第1部は、シンガーソングライターとして自身で作った歌を披露。やはりファンが期待していたのは、「ヨイトマケの唄」。♪父ちゃんのためなら エンヤコラと始まると、観客はみんな、身を乗り出して真剣なまなざしで聴いていた。

 ご存じの方も多いだろうが、この歌の根底に流れるのは、母が子供を思う「無償の愛」。老若男女を問わず心を揺さぶられるのは、美輪が何人かの実在のモデルを歌にしたからだろう。小学生の頃、母親が日雇い労働者ということが理由で仲間はずれにされた同級生、そして、後年、ふとしたきっかけで知り合った青年は中国からの引き揚げ者だった。戦争に両親を奪われ、祖父に引き取られたが、そのただ1人の身内にも先立たれ、亡きがらをリヤカーで火葬場まで運んだ。あまりの不運続きに心が折れそうになった時もあったが、道を踏み外さず父と同じ技術者となった。

 子供への虐待、いじめ、社会的弱者への偏見、その命を奪う凶行。残念ながら、凶悪な犯罪が横行する現代になってしまった。テレビの情報番組などで「両親の離婚や貧困など育った環境が犯罪に走った原因のひとつ」と安易に分析するコメンテーターもいるが、「それは違います」と美輪はきっぱり。「幼い頃、どんな悲惨な目にあっても立派な大人になった人は世の中に大勢いますよ。家庭環境に負けてしまうのはあくまで本人の資質の問題が大なのです」。

 己を救うもおとしめるもあくまでも己自身ということか。きっとこの歌に登場する青年もどんな逆境に立たされても、それに屈することなく純粋な心を最後まで持ち続けた人だったのだろう。「無償の愛」がテーマと言われる「ヨイトマケの唄」には、もうひとつ、人生はたとえ死ぬほどつらくても自分の気持ち、信念を見失わずしっかり真っすぐ生きていくことが大切。そんな思いも込められているのかもしれない。

 愛、反戦などを歌う美輪だが、実に意外な歌もある。それが「四十なんて嫌だよ」。♪会社じゃ上から下から はさまれ 独立するには勇気と金が無い~と中年会社員の悲哀をコミカルなリズムに乗せた歌。これには私もおかしいやら身につまされるやら。あっ、違うか。自分の場合は四十じゃない、もう五十なんて嫌だよだ!(専門委員)

 ◆川田 一美津(かわだ・かずみつ)立大卒、日大大学院修士課程修了。1986年入社。歌舞伎俳優中村勘三郎さんの「十八代勘三郎」(小学館刊)の企画構成を手がけた。「平成の水戸黄門」こと元衆院副議長、通産大臣の渡部恒三氏の「耳障りなことを言う勇気」(青志社刊)をプロデュース。現在は、本紙社会面の「美輪の色メガネ」(毎月第1週目土曜日)を担当。美輪明宏の取材はすでに10年以上続いている。

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