美輪明宏「黒蜥蜴」に幕を下ろすその理由、「不思議に全てが節目の年」
美輪明宏(79)主演の舞台「黒蜥蜴(とかげ)」(原作・江戸川乱歩)が4月4日から19日まで、東京・初台の新国立劇場で上演される。脚本は「金閣寺」などで知られる三島由紀夫。かつて映画でも大ヒットした美輪の代表作のひとつだが、「皆さんからやめないでくださいと言われてます」と今回が見納め。チケットはすでに当日券のみで前売りは完売の人気ぶりだ。
ヒロイン緑川夫人、実は怪盗黒蜥蜴と、名探偵明智小五郎が繰り広げる耽美(たんび)と闇の世界。「屋根裏の散歩者」「人間椅子」などの怪奇小説を世に送り出した乱歩の傑作を、三島由紀夫が戯曲化した究極のエンターテインメントだ。
美輪(当時・丸山)が初めて演じたのは68年4月、東横劇場でのこと。三島本人からの熱烈なラブコールで実現した。前年、新宿アートシアターで主演した寺山修司の「毛皮のマリー」が連日の超満員。公演期間中、三島がたびたび楽屋に足を運び「この役(黒蜥蜴)をやれるのは君しかいない。頼む」と懇願した。
当時、三島は「潮騒」「金閣寺」「美徳のよろめき」など数々の話題作を発表しており、すでに文壇の花形。「私は2度お断りしたんです。(三島さんは)とてもプライドの高い方ですから、本当ならもう頼みに来るような人じゃないんです。それが3度も。どうして私なの?と尋ねてみました」。
三島が最初に出した答えはこうだ。難しい寺山の芝居を難なく演じる美輪を見て「君なら僕のレトリックだらけの難解なせりふでもまるで石けん箱か歯ブラシでも使うように日常語で分かりやすく観客に伝えることができると思った」。しかし、常に冷静な売れっ子作家の尋常じゃない様子に「それだけじゃないでしょ?」と問うと、ある演出家に「あなたの書いた芝居はどれもこれも全く客が入らないと言われた。僕はそれが悔しいんだ。君がやってくれれば間違いなく大当たりする。あいつにほえ面をかかせてやれるんだ」と素直に本心を明かしたという。
♪夜がひしめいて息を凝らしているわ。精巧な寄せ木細工のような夜。
こういう晩には、かえって体が熱くほてって、いきいきとするような気がするわ。
主人公の緑川夫人が明智に挑戦的に言い放つ言葉。登場人物のたった一言のせりふにさえ三島はこだわり抜いた。このフレーズでは、警察が黒蜥蜴を捕まえるため、あちこちに配置した警官の息づかい、明智が頭の中で描く緻密な捜査網を「精巧な寄せ木細工」として表現している。
美輪の初演は期待通り大当たり。その後、歌舞伎座でも上演され、大喜びした三島は“生き人形”役で自ら出演した。さらに深作欣二がメガホンを取り映画にもなり、ニューヨーク、パリなどで上映。「AKIHIRO MIWA」の名前を世界にとどろかせる記念碑的な作品となった。
今回が「黒蜥蜴」のラスト。その理由を美輪はこう明かした。
「今年は三島さんの生誕90年、亡くなって45年に当たります。江戸川さんの没後50年でもありますし、私も5月で80歳ですからね。不思議に全てが節目の年。ちょうど区切りかなと思いましてね」
三島との思い出は数多い。最後に会話したのは、70年11月25日、自衛隊の市ケ谷駐屯地で割腹自殺する1週間ほど前のことだ。日劇に出演中の美輪のもとへふらりと1人で現れた。手には抱えきれないほどのバラの花束、さらにバケツ3杯分のバラを持ってきた。靴はピカピカに磨かれていたという。
「どうなさったんですか。そんなにたくさんのバラを」
「これから君の楽屋に来ることもないだろうからね」
「どうして?」
「君に“きょうもきれいだったよ”とお世辞を言うのがもうつらいからさ」
そして、帰り際にひとこと。「君には本当に感謝してるよ」。
その時、美輪は三島の重大な決心がはっきりと分かった。数え切れないバラは、この先の一生分のプレゼントだったのだと。
原作の江戸川乱歩と会ったのは16歳の時だ。場所は銀巴里。乱歩作品の愛読者だった美輪が「明智小五郎ってどんな人?」と聞くと、「ここ(手首を)切ると青い血がでるような男だ」と答えた。
「まあすてき。冷徹で優しくて理想の男性じゃないですか」
「そんなことが君に分かるのかい。君のここを切ったらどんな血が出るんだ」
「七色の血が出ますよ」
「じゃあ切ってみよう」
「およしなさいまし、七色の血が七色の虹になってお目がつぶれますよ」
「16歳でそのせりふか。面白いやつだな」
さまざまな思いが詰まった「黒蜥蜴」。美輪が主演、演出、美術、音楽、衣装を手がけるようになったのは93年4月、東京芸術劇場での再演から。いよいよその集大成、ファイナルステージの幕が近づいている。(敬称略)
▽「黒蜥蜴」 巨大なダイヤモンド「エジプトの星」を狙う女泥棒黒蜥蜴と探偵明智小五郎が繰り広げるサスペンス。乱歩の奇怪な世界と三島の書いたせりふが舞台の魅力。初演は初代水谷八重子。今回は明智を木村彰吾、愛人の雨宮潤一を中島歩、令嬢の岩瀬早苗を團遥香が演じる。
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