薬物事件から1年…のりピー離婚成立していた

[ 2010年7月30日 08:00 ]

今月上旬に高相氏と離婚した酒井。5月には長男の運動会に参加していた

 昨年、薬物事件で有罪判決を受けた元女優の酒井法子(39)が夫の高相祐一氏(42)と離婚したことが29日、分かった。今月上旬に酒井の代理人が離婚届を都内の区役所に提出。長男(11)の親権は酒井が持った。列島を驚かせた事件から1年。自身を薬物に引き込んだ高相氏と逮捕後1度も会わずに離婚したことで、酒井は今後の芸能界復帰に向け大きく前進した。

 暗礁に乗り上げていた離婚協議がようやく決着した。酒井の知人によると、離婚届を提出したのは今月8~12日のいずれか。争った長男の親権は酒井が持ち、すでに戸籍も変更。「高相」から旧姓の「酒井」に戻した。この知人は「ようやく結論が出て、酒井さんはホッと胸をなで下ろしています」と話した。
 協議は高相氏の刑が確定した昨年12月12日以降、双方ともに弁護士を立てて進めてきた。酒井は高相氏から覚せい剤を入手していたため、離婚は薬物との絶縁を意味するとして昨年10月の公判でその意思を表明。一方、高相氏は「更生に家族の存在が不可欠」として離婚を拒否した。
 そのため協議は平行線をたどり、長期化。酒井側は早期の結論を望んだが、高相氏の両親が親権を望んだことと、3月中旬からは「高相さんが数カ月、音信不通になった」(酒井側関係者)こともあり、こう着状態が続いていた。
 酒井の知人は「高相さんがしばらく音信不通になったことで高相さんのご両親も“離婚やむなし”とあきらめたようだ。酒井さんも一度も態度を軟化させなかった」と説明。この間、酒井は高相氏と一度も会うことなく、自身の固い意思を示してきた。
 2人は趣味のサーフィンを通じて97年に知り合い、翌98年12月にできちゃった結婚。翌99年7月に米ハワイで長男を出産した。酒井は幼少期に両親が離婚した経験があり、当初は「子供のために離婚はしたくない」と考えていたが、継母(62)ら周囲の説得で翻意した。
 酒井は今年1月、介護を学ぶために創造学園大(群馬県高崎市)に入学。自宅でパソコンなどを通じ、遠隔授業を受けている。東京・南青山の自宅マンションは高相氏の実家と近いため、今春には都内のマンションに引っ越した。5月には長男の通う東京都港区の小学校の運動会に参加。ほうきで保護者席周辺を掃除するなど運営に積極的に協力。競技中は何度も笑みをこぼし、元気で親しみやすい本来ののりピーに戻っていた。
 今月には長男の小学校が夏休みに入り、親子水入らずのひとときを過ごしているところ。愛息のためにも、これからは仕事復帰へのステップを歩んでいくことになる。

 ◆酒井 法子(さかい・のりこ)1971年(昭46)2月14日、福岡市生まれの39歳。85年に「ミスヘアコロンイメージガール」全国大会で2位になり芸能界入り。86年、日本テレビのドラマ「春風一番!」でデビュー。87年、「男のコになりたい」で歌手活動を開始。95年に主演した日本テレビのドラマ「星の金貨」と主題歌「碧(あお)いうさぎ」がヒットし、NHK紅白歌合戦に初出場。

 ◆高相 祐一(たかそう・ゆういち)1968年(昭43)2月3日、東京都生まれの42歳。スキー関連用品店「スキーショップジロー」を経営する父・次郎氏の長男。サーフィンが好きで中学生のころから神奈川・湘南に通う。94年にサーフィンのプロテストに合格。「キャスパー」という名前でクラブDJとしても活動。00年代に東京・南青山でコーヒーショップを経営したが失敗。

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