妻・よし恵さん死去 山田洋次監督ぼう然

[ 2008年11月12日 06:00 ]

青山葬儀所で営まれた山田洋次監督の妻よし恵さん通夜

 山田洋次監督(77)の妻よし恵(よしえ)さんが8日にがんのため死去していたことが11日、分かった。76歳だった。東京・港区の青山葬儀所で同日、通夜が営まれ、06年の映画「武士の一分」に主演したSMAPの木村拓哉(35)らが参列。山田監督は「苦労をかけた。ぼう然としています」と声を震わせてあいさつした。葬儀・告別式は12日午前10時から同所で営まれる。

 代表作「男はつらいよ」の誕生40周年の年に、山田監督を陰で支え続けた妻、よし恵さんが静かに旅立った。

 通夜の席の山田監督は、しょうすいしきった様子。最後のあいさつでは「みなさまからのお悔やみの言葉を聞いて、ああ苦労かけたんだなあ…と分かりました。病気のことは絶対にこぼさなかった。とにかくぼう然としています」と語った。式場内のモニターには、9月13日に開かれた山田監督の喜寿の祝いの模様が映し出され、よし恵さんの姿が参列者の涙を誘った。

 関係者によれば、よし恵さんは7年間、がんと闘病。それでも、得意のものまねや声帯模写で、周囲を楽しませていたという。友人には「80歳まで生きたい。その計画を立てている」と話していた。別の知人は「言葉づかいがきれいで、無駄のない文章を書く方でした」と涙ぐんだ。

 日本女子大学卒業。女性雑誌の研究家として知られ、婦人運動の先駆者として知られる平塚らいてうらを研究対象にしていたという。「教育と世界平和」を人生のテーマとし、自宅を開放して親子読書会なども開いていた。「吉永小百合さんが主演した“母べえ”のような人でした」としのぶ参列者もいた。

 山田監督が松竹に入社した1954年の5月4日に結婚。映画の撮影で日本全国を飛び回る夫の留守を守り、ピアノ教師になった長女とTBSに入社した次女の、2人の子供を立派に育てあげた。

 参列した木村は沈痛な面持ち。よし恵さんとも親しかった俳優・小林稔侍(65)は「優しく、平等で、いつも監督の後ろから山田組を包み込んでくれていました」と悼んだ。

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2008年11月12日のニュース