【昭和の甲子園 真夏の伝説(9)】 東北の悲願に一番近づいた日 三沢・太田 球史に残る決勝再試合
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甲子園の熱い夏が始まった――。第104回全国高校野球選手権が6日に開幕。幾多の名勝負が繰り広げられた聖地で、今年はどんなドラマが生まれるのだろうか。今回は「昭和の甲子園 真夏の伝説」と題して、今も語り継がれる伝説の試合を10回にわたってお届けする。
夏の甲子園伝説の決勝戦がある。1969年(昭和44年)北奥羽代表の青森・三沢高が北四国代表、愛媛・松山商に挑んだ一戦だ。初代甲子園アイドルと呼ばれた三沢のエース太田幸司(元近鉄)が全国制覇4度の伝統校を相手に泥だらけの熱投。延長18回、261球を投げながら決着はつかず引き分け再試合。翌日の試合も接戦。両校の名勝負は日本中を感動の渦に巻き込んだ。(スポニチアーカイブス2011年6月号に掲載)
~東北「基地の町」の県立VS4度全国制覇の四国の名門~
東大安田講堂をめぐり学生運動がヤマ場を迎え、アポロ11号で人類が初めて月面に着陸したニュースに世界が沸いた昭和44年(69年)。忘れられないドラマがあった。令和の時代となっても東北勢の全国制覇はいまだ実現していないが、この年、無名の公立校が歴史の扉に手をかけた。青森県立三沢高校。「基地の町」で地元中学生たちが集まった雑草チーム。68年夏と5カ月前のセンバツで1勝ずつを上げていたが、3季連続出場となった69年の夏甲子園でも優勝候補に上げられることはなかった。
1回戦の大分商(中九州)に延長サヨナラ勝ちすると、準決勝の玉島商(東中国)戦まですべて1点差勝ち。太田の右腕がたたき上げの軍団を、東北勢としては1915年(大正4年)の秋田中以来、青森県勢としては初の大舞台へ導いた。一方の松山商は全国屈指の名門。一色俊作監督の厳しい指導の下「全国制覇」を合い言葉に鍛え上げられてきたチーム。1925年(大正14年)のセンバツを皮切りに春2度、夏2度の全国制覇を成し遂げた隙のない野球で決勝に勝ち上がってきた。太田の端正なマスクが女性ファンの人気を集め、甲子園のスタンドも北の町からやってきた純朴な少年たちを応援するムードが強かった。当日のスポーツニッポンでは「投手力では太田のいる三沢、打力は互角。守備は松山商。総合的には甲子園の優勝経験を持ち、伝統のある松山商に精神的優位を認めないわけにはいかない。三沢にチャンスがあるとすれば太田が松山商打線を2点以内に抑えたときである」と見所を挙げていた。
太田は決勝前の心境をこう語っている。
「決勝まできたら、あと一つで優勝だと思うところだけどあのときは全くプレッシャーもなくゲームに入れた。3季連続の甲子園だったけど、過去2回は2戦目で負けていたし、2つ勝つことが目標だった。目標は果たせたからあとはおまけ。格好悪い試合にだけはしたくない、とだけ考えていましたね」
~大接戦で延長突入 汗まみれ「無心で投げた」~
迎えた最高の舞台。太田は初回いきなりピンチを迎える。先攻は松山商、先頭の大森光生に四球。バントで送られ1死二塁。2死三塁となった後、決勝まで2本塁打の4番・谷岡潔に四球と盗塁で2死二、三塁。太田は5番・久保田俊郎を三ゴロに仕留めようやく立ち上がりの危機を脱した。
三沢打線は松山商のエース井上明の前に6回まで散発の3安打。ヒットが続かない。7回2死満塁を耐えた太田だったが、9回再びピンチを招く。先頭の西本正夫に中前打を許すと送りバントで1死二塁。ここで9番・田中茂が三塁線へセーフティーバント。太田が懸命の処理。きわどいタイミングで2死三塁となった。その直後、1番・大森もまさかのセーフティーバント。三塁線ぎりぎりの打球だったが素早い処理で間一髪アウトにした。伝統校の執拗な攻撃に耐えた太田を待っていたのは球史に残る壮絶な延長戦だった。
「無心、無欲というけど人間どうしても欲は出ますよね。でもあの試合は本当に無欲のピッチングができていた。頭の中は空っぽで1球、1球、一人一人にひたすら投げていた。あんな精神状態で投げることができたのは最初で最後。そういえるピッチングだった」
炎天下、太田の体から汗が噴き出した。「アンダーシャツは水浸し。頭から水を被ったようになっていた。当時は試合中でも水分補給を控える時代だったけど、ごくごく飲んでいた。飲まずにはやっていられなかった」苦しいのは井上も同じだった。太田は「相手よりも先に点をやりたくない」ただそれだけ、無心で投げた。
~15回1死満塁 3ボール 攻めきれなかった三沢 抑えて泣いた松山商~
延長15回、流れが三沢に来た。先頭の菊池弘義が左前打。高田邦彦のバントが失策を誘った。谷川義彦が送って1死二、三塁。松山商が満塁策をとり1死満塁。9番・立花五雄が打席に入った。松山商がスクイズを警戒したこともありボール3つでカウント3―0。1つストライクの後の5球目。井上の投球は膝元あたりの低さだった。ベンチから見ていた太田は「低い、勝った1点入った」と思ったという。だが球審の右手が挙がった。「ストライク!」フルカウントからの6球目。立花の打球は投手のグラブを弾いた。「やった」三沢ベンチは叫んだ。だが打球は前進守備の遊撃手の正面。三塁走者・菊池がヘッドスライディングで突っ込んだが送球の方が早かった。「ライナーに見えたのでスタートが遅れた」。このとき、松山商の大森捕手は満塁でありながら走者にタッチしている。サヨナラの危機を2度しのいだ井上ら松山商ナインはベンチに戻り泣いた。誰も平常心ではいられない極限状態の死闘だった。
~16回も無念 18回引き分け再試合規定「知らなかった」~
16回にも三沢は1死満塁と井上を攻めた。ここでベンチは2ストライクからのスリーバントスクイズを指示。松山商に見破られ、ウエストされて三振併殺。15回は動かず16回は動いてチャンスを逃した。あと一押し「勝利」は遠かった。
太田は18回引き分け再試合のルールを知らなかった。2011年、スポニチアーカイブスの取材に「どこまでも続くものだと思っていた。16回か17回か。場内アナウンスだったのかどうか。18回までだと知ったとき『あと少し頑張ろう』と思った。ただ体は疲れていたけど球は走っていた。試合があのまま続いていたら三沢が点を取るまで抑えることはできた、今もそう感じている」と話している。
18回裏、負けのない最後の攻撃。先頭の小比類巻英秋が安打で出塁した。太田はバントをするが一塁走者は二塁封殺。太田は一塁に残った。桃井久男が右邪飛に倒れて2死。続く菊池の打席で太田がスタートを切ったが二塁タッチアウト。引き分けでゲームセットとなった。太田は2012年8月掲載のスポニチ本紙連載「我が道」で「チームで足が一番速かったけれど、あの時ばかりはいくら走ろうとしても体がいうことをきいてくれなかった。ベースのかなり前でアウトになったような気がする。あいさつのため整列するときもう何も野球のことは浮かばなかった。『早く帰って横になりたい』帰りのバスの中でどうしていたかもまったく記憶にない」と回想している。
高校野球の歴史で初となる決勝引き分け再試合。4時間16分の名勝負を終えた甲子園球場には「再試合ではなく両校を優勝に」という多くの電話が入ったという。
~19時間44分後の再試合 投げきった942球 東北の夢が
散った~
翌8月19日の再試合も甲子園は満員の観衆を飲み込んだ。太田は初回2ランを被弾。三沢はその裏、連投の井上を攻めた。4番・桃井の適時打で1点を返しなおも2死一、二塁。ここで松山商は井上に代え、左腕・中村をリリーフに送った。太田一人が頼りの三沢と控えのいる松山商。太田はここで勝負の行方を悟った。
三沢は6回に2点を追加され2―4で敗戦。27回の激闘が終わった。ベンチ前で整列した三沢ナイン。ただ一人太田だけは泣いていなかった。「強いところが勝つというのが甲子園ではない。18回の試合はまさにそれだった。レベルも質も向こうが上だったけど、それでも一発勝負なら試合ができる。それが高校野球。ただ2度3度とやれば自然と差はでますよね。負けて悔しいと思わなかった最初で最後の試合。すべて出し尽くし、やり尽くしたから何も残っていませんでした」
「元祖甲子園のアイドル」が残した大会64イニング、942球。再試合翌日の8月20日付けスポニチ本紙1面見出しは「太田、君にも深紅の大旗を」だった。
~全日本メンバー ヤクルト・八重樫、中日・藤波もいた~
〇…決勝再試合終了後に、6日後の8月25日に出発するブラジル、ペルー、アメリカ遠征のメンバーが発表された。近鉄に1位指名される太田はじめ、秋のドラフトの目玉になる選手が多数選出された。投手では宮崎商の西井哲夫がヤクルト2位。捕手では仙台商の大型捕手・八重樫幸雄が同じくヤクルトに1位指名される。内野手では松山商の谷岡潔が大洋(現横浜DeNA)3位、同じく松山商の樋野和寿は阪神から6位指名されるが拒否した。平安の渋谷通は広島2位。外野手で大会屈指のスラッガーといわれた静岡商の藤波行雄は中大を経て73年中日に1位指名される。また遠征メンバー以外では広島から1位指名される広陵の佐伯和司。社会人を経て72年広島から1位指名される静岡商の池谷公二郎もいた。後に太田とチームメートとなる宇部商の有田修三は社会人を経て72年に近鉄から2位指名された。
【《昭和44年出来事】7月=アポロ11号が月面着陸。アームストロング船長が人類で初めて月に降り立つ
8月=TBS系列で水戸黄門の放送スタート。(初代黄門は東野英治郎)10月=プロ野球黒い霧事件発覚▼プロ野球=セ巨人、パ阪急▼ヒット曲=「ブルーライトヨコハマ」「三百六十五歩のマーチ」
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