【高校野球 名将の言葉(5)前橋育英・荒井直樹監督】凡事徹底「…誰もできないくらいやろう」

[ 2022年8月9日 07:50 ]

前橋育英・荒井監督の帽子のつばに書かれた「凡事徹底」
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 「凡事徹底」を信条としたチームづくりで、前橋育英(群馬)を甲子園常連校にした。優勝監督である荒井直樹監督(57)が、社会人野球のいすゞ自動車で13年間プレーする中で学んだ座右の銘だ。

 「誰にでもできることを、誰もできないくらいやろう」。全力疾走。丁寧なキャッチボール。ごみ拾い。「凡事」をコツコツと続けることの大切さを選手に説き、13年夏の甲子園で初出場初優勝。夏は16年から5大会連続で聖地に導いている。背景には自身の社会人時代の経験があった。

 日大藤沢時代は投手。だが、3年夏にエースナンバーをつけていたのは1学年下の後輩・山本昌(元中日)だった。神奈川大会で2試合連続ノーヒットノーランの記録を打ち立てたが大事な試合での登板はなく、甲子園出場もかなわなかった。卒業後、いすゞ自動車に進んだが3年で野手に転向。「投手をクビになった時は野球人生の終わりだと思った。その後も毎年クビ候補でした」と振り返る。

 三塁や一塁など複数のポジションをこなした。「自分はセンスがないので、すぐにポンとできるタイプじゃない」と何ができるのかを考え抜いた。素振りでは一振りに集中した。トイレ掃除や靴のそろえ方も徹底した。野手転向3年目にレギュラーの座をつかみ、チーム18年ぶりの都市対抗出場を果たした。それ以降も自身は都市対抗に計7度出場。「凡事」を徹底して行う大切さを成功体験を通じて学んだ。これが指導の基礎となっている。

 いすゞ自動車を引退後、日大藤沢(神奈川)で監督を務めていた際に、清掃業者の標語として使われていた言葉を雑誌で目にした。「本物というのは中身の濃い平凡なことを積み重ねること」と書いてあった。自身が求めてきた哲学だった。

 02年に前橋育英の監督に就任。基礎練習の大切さを選手に浸透させた。キャッチボールではただ投げるのではなく、一球一球どこに、どうやって投げるかを考えさせる。打った瞬間にアウトだと分かるゴロでも、全力疾走を求めた。地域の清掃活動に従事し、甲子園大会中の宿舎でもごみ拾いを続けた。

 「地元から愛されるチームにしたい」。強いだけでなく、地元から温かい声援を受けるチームをつくりあげた。「凡事」は花開く。(神田 佑)

 ◇荒井直樹(あらい・なおき)1964年(昭39)8月16日、神奈川県横浜市生まれの57歳。日大藤沢(神奈川)では投手を務め、3年夏の神奈川大会で、2試合連続ノーヒットノーランを達成した。卒業後にいすゞ自動車で投手を3年間務めた後、野手に転向。13年間プレーし、7度都市対抗野球に出場した。その後、日大藤沢で監督を3年間務め、99年に前橋育英のコーチに就任。02年から同校監督を務める。

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