広澤克実さんは“江川2世”だった 石橋貴明びっくり「球、速かったの?」に「ホップしてました」

[ 2022年1月30日 19:54 ]

広澤克実氏
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 元プロ野球選手で、スポニチ本紙評論家の広澤克実さん(59)が30日、TBSラジオ「日本生命presents石橋貴明のGATE7」(日曜前7・00)にゲスト出演。1学年上にあたる、お笑いコンビ「とんねるず」の石橋貴明(60)と大いに語り合った。

 現役時代にヤクルト、巨人、阪神と在籍した全3球団で4番打者を務め、全てのチームで優勝を経験したレジェンド選手の広澤さん。同番組への出演は昨年4月の番組スタートから早くも3度目となったが、この日のテーマは「球界の一大勢力!明治大学野球部を深掘り」だった。

 広澤さんは明大から1984年ドラフト1位でヤクルト入りしたが、現役プロ野球選手の出身大学で最多を誇るのが明大。史上最長となる12年連続でドラフト指名選手を輩出しており、そのうち2020年セ・リーグ新人王の森下暢仁投手(24=広島)ら8人がドラフト1位という輝かしい実績を持つ。そして、明大野球部といえば、その礎を築いたのが歴史に残る名物監督で“御大”と親しまれた島岡吉郎さん(89年に77歳で他界)。広澤さんもその薫陶を受けて育ったが、明大への進学が決まったのは運命的だった。

 栃木県の小山高校時代は甲子園出場こそ叶わなかったものの「江川2世」の文字が栃木新聞と下野新聞の紙面にも躍ったという注目のエースで4番。「うちの死んだ親父は『江川2世』っていうやつをずっと持ってましたよ」と懐かしそうに振り返った広澤さんは、「球、速かったの?」という石橋の質問に「速いどころか!もうホップしてましたよ!」とさすがは“江川2世”の答えを返した。

 進学先を決める際にはセレクションに誘われた早大に申込書を提出。だが、先に開かれた明大セレクションでは両翼100メートル、中堅125メートル、フェンスの高さ4メートルという大きなグラウンドで、ほかの参加者が金属から木製バットへの変更にも苦しんで外野に打球が飛ばない中、広澤さんは豪快なフェンス越えを連発。「それでもう『お前!明治に来い!』って言われてですね。人生であんなすごいの打ったの初めてってぐらいの。振れば越えてっちゃうんですよ」。セレクションで島岡監督の右腕だったコーチに見初められ、明大進学が決まったと話していた。

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