【内田雅也の追球】「天国」からの警句 阪神打撃陣は投手をにらみ、考えさせただろうか

[ 2021年8月14日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3ー9広島 ( 2021年8月13日    京セラD )

<ホワイトソックス・ヤンキース>9回、サヨナラ2ランを放ち、トウモロコシ畑の前でポーズを決めるアンダーソン(USA TODAY)

 映画『フィールド・オブ・ドリームス』(1989年公開)に大リーグに1試合だけ出場経験のある医師“ムーンライト”グラハムが登場する。1905年、ニューヨーク(現サンフランシスコ)・ジャイアンツで8回裏に右翼守備につき、9回表の攻撃は目の前の打者で試合終了となった。実在の選手である。

 「一度ぐらいはバッターボックスからピッチャーをにらみつけたかったね」と主人公の農場主に打席への渇望を打ち明ける。原作のW・P・キンセラ『シューレス・ジョー』(文春文庫)にもある。「ピッチャーをにらみつけて、相手がワインドアップに入ると同時にウインクして、こいつはおれの知らないことを何か知っているのだろうか、途中で球種を変えるべきか、とピッチャーに考えさせる。そう、それがわしの望みだよ」

 100年以上前の話だが「長い年月まったく変わらないものの一つが野球だった」。

 打席での姿勢は昔も今も変わらない。この夜の阪神打線はグラハムの話を警句としたい。

 広島先発の大瀬良大地に対し、4回まで1人の走者も出せず、投球数もわずか51球。1巡目の打席で最も多く投げさせたのは投手・西勇輝の8球だった。積極姿勢はいいが、打てずとも食らいつき、球数を稼ぐ。投手に考えさせることができていなかった。

 もちろん1回表に失った4点は重い。だが、以前にも書いたが、野球での序盤の4点はサッカーの2点と似ている。次の1点をどちらが奪うかで流れが決まる。広島に追加点を許す前に得点したかった。

 確かに大瀬良は好調だった。本人もヒーローインタビューで話したように速球が走っていた。球威があったのだ。

 あの球威に向かっていく姿勢が問題である。打席で投手をにらむ眼光が鋭かったのは、投手の西と代打の島田海吏ではなかったか。西からは初回4失点への悔恨を晴らす思い、今季初打席の島田からは打席への渇望が伝わってきた。

 巨人草創期の監督、三宅大輔は1931、34年と来日した全米選抜チームのルー・ゲーリッグ(ヤンキース)の教えで「打者はまず投手をにらみつけろ」と聞いた。本紙63年11月21日付に寄せたエッセーにある。「君はライオンとにらめっこしたことがあるか。なければ動物園へ行ってやってみたまえ」と言われ、実際に上野動物園で行って、今で言う目力を鍛えたそうだ。精神野球だと軽んじてはいけない。

 米アイオワ州の片田舎、先の映画ロケ地でこの日朝(現地時間12日)、大リーグ公式戦が行われた。トウモロコシ畑のなか、郷愁を誘う美しい野球場だった。劇中では“シューレス”ジョー・ジャクソンが「ここは天国かい」と問う。野球への未練や悔恨を抱く者たちの魂を鎮める場所としてあった。

 盆入り、迎え火の夜の後半戦開幕だった。先人から教訓を得た敗戦である。 =敬称略= (編集委員)

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2021年8月14日のニュース