横浜高08年主将・小川健太氏 センバツ初戦敗退で「松坂さん」という重荷を下ろした

[ 2020年12月28日 11:00 ]

インタビュー後、齋木記者(右)と談笑する一般社団法人日本未来スポーツ振興協会の小川代表
Photo By スポニチ

 一般社団法人日本未来スポーツ振興協会を主宰する小川健太氏(30)を迎えたインタビューの3回目。横浜では主将として夏の甲子園ベスト4に導いたが、名門の重圧も経験した。子どもたちのスポーツ活動支援を続けることで伝えたいものは何か、愛工大名電の元主将で明大で同期だったスポーツニッポン新聞社の齋木駿メディア編集部員(30)が聞いた。(最終回)

 齋木 主将として3年のときに甲子園に春夏連続出場しているよね。

 小川 あの年(08年)は、松坂さん(大輔=現西武)の代が春夏連覇してから10年目。メディアの注目も高かったのにセンバツは初戦敗退だった。ふがいない結果で「主将交代だ」と言われた。でも、チームメートが「小川じゃないと駄目です」と言ってくれた。

 齋木 そこから夏の全国ベスト4までチームを立て直せたのは?

 小川 まず「松坂さん」という重荷を下ろした。僕らの代には倉本(寿彦=現DeNA)もいたけど、高校時代は目立った存在ではなかったし、他にも飛び抜けた選手はいなかった。松坂さんたちと比べても仕方ない。自分たちの野球をやろうと切り替えた。気持ちが楽になったし、結果にも繋がった。

 齋木 名門を背負うというのはどういうことだと思う?

 小川 伝統を引き継ぐこと。責任が生まれるから下手なことは出来ない。自分たちが名門の人間という意識は持たなかった。先輩たちが築き上げた重いものを壊さないように後輩に引き継ぐことが大事だと思う。重圧にはなるけど、それに耐えることで成長出来る。伝統という意味では愛工大名電の方が重いんじゃない?

 齋木 そうだね。伝統とは少し違うけど明大で僕は戦力になれなかったから名電の後輩が後から入学してくれるとホッとする。「俺のせいで名電からの入部が途切れたらどうしよう」と心配になる。

 小川 それは凄く分かる。

 齋木 横浜の寮はどうだった?

 小川 2人部屋。名電は?

 齋木 50人部屋。

 小川 本当?

 齋木 2段ベッドがずらっと並んでる。ベッド周りに仕切りのカーテンもないからプライベートがない。

 小川 明大で2人部屋になって、どうだった?

 齋木 2人で1部屋使っていいの?カーテン閉めていいの?みたいな。

 小川 (笑い)

 齋木 高校と大学の野球の違いは?

 小川 高校は厳しく指導していただいた。おかげで成長出来た。大学は自由。練習時間も短い。でもその分、自主練習をしっかりやる。先輩たちのそういう姿を見ているから自分たちもやる。そういう自主性のある選手じゃないと「メイジ」で野球はやれない。それも伝統だね。

 齋木 社会人野球は?

 小川 携帯電話をポケットに入れて練習していた。鳴ったら練習中でも優先して出る。顧客に呼び出されたらすぐに向かうし、野球より注文書を書いている時間が長かった。引退してしばらく社の仕事をさせてもらった。そこで実績を残せたことが自信になった。今、こうして日本未来スポーツ振興協会の仕事が出来るのも、九州三菱自動車での経験があったから。

 齋木 野球をやって来たことは社会人として役に立っている?

 小川 やっぱり日本人は野球をよく知っているから。横浜高校でやっていました、明治大学でやっていましたと伝えると、相手に信頼してもらえる。本気で何かに打ち込んできたという証明になる。スポーツにはそういう面がある。

 齋木 今は「ひとり親」の家庭や児童養護施設の子どもたちへの野球用具の支援などがメーンだけど、今後はどういう活動を考えている?

 小川 給付型スポーツ奨学金制度の構築を実施したい。長くスポーツをすれば経済的な負担も増えるので、1人でも多くの子どもが環境や経済を理由に夢を絶つことがないようにサポートしたい。支援する用具の確保もまだまだ足りていない。支援範囲を広げるために22年までには全47都道府県に支部を開設したいと思っている。やることは多いけど、少なくとも僕が死ぬまでは必ずサポートを続ける。それは約束したい。(終わり)

 ◆小川 健太(おがわ・けんた)神奈川県横浜市出身。中本牧シニアで全国優勝。横浜高では1年秋から右翼でレギュラーとなり、2年秋の神宮大会で主将として準優勝。3年夏の甲子園では浅村を擁する大阪桐蔭に敗れるも4強。明大を経て、九州三菱自動車では都市対抗野球、日本選手権に出場。強肩強打の外野手としてプロ球団も注目していた。現在は一般社団法人日本未来スポーツ振興協会代表。

 ◆齋木 駿(さいき・しゅん)三重県四日市市出身。ボーイズリーグの四日市トップエースで全国大会出場。愛工大名電2年時に夏の甲子園出場。同年、小川泰弘(ヤクルトからFA中)、福谷浩司(中日)、中川大志(元楽天など)らと愛知選抜入りし主将を務めた。明大を経て、スポーツニッポン新聞社入社。整理部を経て、現在はデジタル編集部。

続きを表示

この記事のフォト

「始球式」特集記事

「稲葉篤紀」特集記事

2020年12月28日のニュース