【令和新時代 夏のメモリー】宇部鴻城・河村勇飛 今夏初のフル出場で兄超え3安打

[ 2019年8月13日 08:15 ]

第101回全国高校野球選手権大会 第7日2回戦   宇部鴻城7―3宇和島東 ( 2019年8月12日    甲子園 )

<宇和島東・宇部鴻城>2回2死一、二塁、宇部鴻城・河村勇は左翼線に先制の2点適時二塁打を放つ(撮影・北條 貴史)
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 リラックスして甲子園を楽しんだ。そして兄を超えた。宇部鴻城(山口)・河村勇飛(ゆうひ)は最高の笑みをこぼした。

 「自分としても驚いてます。“打てたらラッキー”くらいの気持ちでいったので」。驚くのも無理はない。2回に先制の2点二塁打を放ち、4回にも適時打。山口大会で全試合途中交代だった9番打者が、5打数3安打3打点でこの夏初めてのフル出場だ。胸に残る兄・修平さん(37)の言葉が、初の甲子園で躍動させてくれた。

 「リラックスして楽しめば結果は出るぞ」。そうアドバイスしてくれたという修平さんは、98年夏の甲子園に宇部商の2年生三塁手で出場。2試合で1安打ずつ放ち、2試合目(2回戦)で豊田大谷(愛知)に延長15回の末、同じ2年生のエース藤田のサヨナラボークで敗れた。あの悲運の幕切れは今も語り継がれている。時代は平成から令和に変わって「まさか甲子園にまた来られると思っていなかった」。修平さんは懐かしそうにグラウンドを見つめた。

 その視線の先で、かつての自分を超える3安打を弟が放った。「年が離れてるので、あまり話す機会はない」という修平さんは「弟は3年生。最後だから、できることを精いっぱいやってほしい」と続けた。修平さんの小学6年生になる長男・凌修(りお)くん(11)も少年野球の三塁手。河村勇は将来、甲子園を目指すおいっ子のためにも次戦も全力プレーを見せる。(秋村 誠人)

 《98年夏の悲運》河村勇の兄・修平さんが出場した98年夏は第80回記念大会。1回戦で日大東北(福島)を5―2で下した宇部商は2回戦で豊田大谷と対戦した。試合は2―2のまま延長戦に。迎えた15回無死満塁のピンチで、エースの左腕・藤田が捕手のサインを確認しようとプレートを外さずに投球動作を止めたため、ボークが宣告されてサヨナラとなった。この大会では松坂(現中日)擁する横浜がPL学園と延長17回の激闘を演じ、決勝では松坂がノーヒットノーランを達成して春夏連覇を成し遂げた。

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