【内田雅也の追球】ミス誘う「嫌がる手」――競り負け阪神、痛恨の決勝点

[ 2019年7月9日 09:00 ]

セ・リーグ   阪神3―4巨人 ( 2019年7月8日    甲子園 )

8回、1死一塁、ジョンソン(左)のけん制悪送球で二進する代走・増田大 (撮影・成瀬 徹)
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 将棋の十五世名人、大山康晴は対局中、将棋盤をほとんど見ていなかった。十九世名人、羽生善治が証言している。

 『教養としての将棋』(講談社現代新書)のなかで哲学者・梅原猛(今年1月他界)との対談があり、梅原は「何だって」と驚いた。大山は対局相手を見ていた。気配や表情を観察し、心理状態を読み取っていた。

 羽生は言う。「Aは正解の手、Bは悪い手だけど相手が嫌がる手だとすれば、大山先生は迷わずBを選びます」。なぜなら「勝つにはどうすれば良いかという理解が誰よりも深かった」。勝負師のすごみをみていた。

 阪神が巨人に競り負けたのは将棋で言えば1手違い、わずかの差である。相手巨人監督・原辰徳が指した勝負手が決まったことになる。

 3―3同点の8回表。1死から岡本和真が中前打で出ると、4番に代走・増田大輝を送った。マウンド上のピアース・ジョンソンや阪神が「嫌がる手」だったと言える。

 ジョンソンは打者・陽岱鋼に投げる前、足を警戒して速いけん制球を続け、2球目が悪送球となって二塁進塁を許した。さらに陽への初球に三盗を許した。バッテリー、二遊間ともに無警戒で、投球はワンバウンド気味のパワーカーブ。捕手・坂本誠志郎は三塁送球をあきらめたほど、完全に盗まれていた。

 1死三塁。陽のゴロは前進守備の遊撃左に転がった。遊撃手・植田海は三走・増田大のスタートが目に入る。難しいバウンドでバックハンド(逆シングル)で捕りにいったがはじかれ、左前へ決勝打(記録は安打)が抜けていった。

 けん制悪送球―三塁許盗塁―ゴロ捕球失敗と、ミスが重なったわけだ。

 日々勝者と敗者が生まれる厳しい世界で生きるのはプロ野球選手(監督)もプロ棋士も同じだ。ならば、先の書にある羽生の言葉がしみ入る。

 「将棋で常に正解を出し続けるのは本当に難しいことで、どうしてもミスが出るものです」。そして大山は「ノーミスを目指すより、相手のミスを誘う戦略」を選んだ。

 天才的頭脳と深い読みの将棋の世界がミスの競技とは何とも感じ入る。「失敗のスポーツ」と言われる野球と同じではないか。勝負においては、ともに人間的要素が大きいのだろう。

 試合前6・5ゲーム差で首位攻防ではないが1・2位激突の伝統の一戦だった。痛い敗戦だ。

 こんな時、将棋では勝者と敗者が「感想戦」で語り合う。実は野球も同じである。相手と話す感想戦はないが「なぜ負けた(勝った)のか」と自問自答を続け、試合と向き合うのだ。そうして、次の試合に向かう心を作るのである。=敬称略= (編集委員)

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