阪神・横田、脳腫瘍だった 8月下旬に寛解「同じ病気の人に夢、感動を」

[ 2017年9月4日 08:11 ]

阪神の横田
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 阪神・横田慎太郎外野手(22)が3日、兵庫県西宮市内の選手寮「虎風荘」で、脳腫瘍を患っていたことを明かした。2月中旬に判明し、ここに来て寛解。今後は、球団の全面バックアップのもと、来年2月の2軍春季キャンプ合流を目標にリハビリに取り組んでいく。

 白球を追いかけ、早くグラウンドを駆け回りたい――。横田の発する言葉には、野球への渇望と、復帰への強い意欲がにじんだ。

 「これからの私の野球人生が、同じ病気を持つ人たちに夢、感動を与えられるようなものにできるよう、頑張っていきたいと思います。必ず復活して、甲子園で走り回る姿を見せたいと思います」

 病魔は突然襲ってきた。頭痛の症状が治まらず、2月11日にキャンプ地・沖縄から緊急帰阪。13日に検査を受けるなどし「脳腫瘍」と診断されたが、ここまで公表は控えられていた。

 「本当に最初はすごくびっくりして、ここから先、野球が続けられるか、本当に心配でした」と病床での心境を振り返ったように、16年開幕戦で先発出場するなど高山らとともに「超変革」の象徴としてユニホームを泥だらけにしグラウンドで自己表現してきた男にとって、半年以上に及ぶ闘病生活は文字通りの苦闘。折れそうな心をつなぎ止めてくれたのは、家族や周囲の人々だった。

 「手紙や本、千羽鶴を贈ってくださった皆さまの支え、励ましがあったからこそ、頑張れました」

 何より、もう一度、野球をやりたい…。原点を思い、長い入院生活、厳しい治療を乗り越えた。8月下旬の最終検査で症状が消え安定した状態となる「寛解」と診断され、2日の中日戦前に甲子園のクラブハウスを訪れ金本監督ら首脳陣、ナインへ報告。病院でリハビリを進めることもできたが「プロの施設の方が早く復帰できる」と同日夜に帰寮した。

 この日も室内で汗を流したように、今後は鳴尾浜球場を拠点に復帰へ向けたトレーニングを行っていく。球団との話し合いで、来年2月の春季キャンプ合流を目標とした。

 「少しずつ回復して、一歩ずつ上がっていって、絶対に復活できるよう、ここから本当に頑張っていきます」

 横田慎太郎は、必ず帰ってくる。(遠藤 礼) 

 ◆横田 慎太郎(よこた・しんたろう)1995年(平7)6月9日、鹿児島県生まれの22歳。鹿児島実ではエース兼4番ながら甲子園出場なし。13年ドラフト2位で阪神入団。昨年3月25日の中日との開幕戦(京セラドーム)で「2番・中堅」で初出場。昨季は38試合で打率・190、4打点、4盗塁。1メートル87、89キロ。右投げ左打ち。

 ▽難病を克服した主なプロ野球選手 横田と同じ脳腫瘍は近鉄・盛田幸妃が98年、良性の脳腫瘍とされる髄膜腫の手術を受け、翌99年の最終戦で1軍復帰。また、オリックス・山崎福も中学時代、生存率10%と言われながら回復した。他に王貞治氏はソフトバンク監督時代の06年7月に胃がんの全摘出手術を受け、翌07年に復帰。ソフトバンク・大隣は15年に難病の黄色靱帯(じんたい)骨化症を克服した。現在は広島・赤松が胃がん、ヤクルト・徳山が黄色靱帯骨化症を公表。リハビリを続け、復帰を目指している。

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