元ヤクルトのブラジル代表右腕、通訳で新たな挑戦…現役復帰の夢も

[ 2017年7月14日 11:30 ]

2012年7月1日、阪神戦の6回から登板して1回2安打無失点に抑え、来日初勝利を挙げたヤクルトのフェルナンデス
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 新助っ人とともに、チームを支える異色の“新戦力”が加入した。日本ハムは6月下旬、キューバ出身のヤディル・ドレイク外野手(27)の獲得を発表。現在、チームで彼のスペイン語の通訳を担当するのが、元ヤクルトの右腕ラファエル・フェルナンデス通訳(31)だ。

 チーム内の愛称はヤクルト時代と同じ「フェル」。「ドレイク選手は明るくて仕事がしやすいです。通訳も、ヤクルト時代や今までも(プレーしながらその場で)頼まれて手伝ったりしていた。役に立てるようしっかりやっていきたいです」と笑顔で語ってくれた。

 高校時代を母国・ブラジルで過ごし、「ブラジルにプロリーグはない。プロ野球選手になりたい」と留学。栃木県にある白鴎大に入学し、08年に育成ドラフト1位でヤクルト入りした。11年6月に支配下選手登録され、12年7月1日の阪神戦(神宮)で中継ぎとしてプロ初勝利を挙げた。

 13年WBCにはブラジル代表として出場し、日本戦に先発した。13年シーズン後に戦力外通告を受け、14年はブラジルに戻ってアマチュアチームの「ニッポン・ブルージェイズ」でプレー。15年には日本に戻り、独立リーグの四国IL・愛媛マンダリンパイレーツに入団したが、11月に自由契約になった。16年は山梨のクラブチームに入ったが、WBCのブラジル代表予選に参加し昨年10月に再来日すると「行き場がなくなってしまっていた」という。しかし、その後も諦めず自主トレを続け、4月から茨城県内で梱包の仕事をしていた際に通訳の打診があった。「びっくりしました。でも野球界にいれば、チャンスはあるかもしれない。本当に奇跡かもしれないけど…。野球ができなくなっても、通訳や野球に関わる仕事がしたいと思っていた」。喜んで引き受けたという。

 好きな野球に携わり、今までの経験を生かす新たな挑戦だ。ブラジルの言語はポルトガル語。「ブラジルにはよくキューバの人が野球を教えにきていた。だから野球ではスペイン語」とスペイン語も流ちょう。「大学で最初はほとんど分からなかった」という日本語も野球部で会話したり、勉強するにつれてうまくなった。在学時、白鴎大では栗山監督が教授を務めており、講義も受けた。日本ハムで再会後「久しぶり!」と声をかけてもらったそうだ。

 密かに現役復帰を目指し、トレーニングも続けているが「もちろん目の前の仕事が優先です」と語る。もし、ドレイクがヒーローになれば、一緒に札幌ドームのお立ち台に立つ日が来るかもしれない。立場は違うが、プロ初勝利の時、田中浩(現DeNA)と上がった神宮以来だろう。

 異色の経歴を持つ通訳。余談になるが、実は私も白鴎大の卒業生。挑戦を続ける後輩を、陰ながら応援したいと思っている。(記者コラム 細川 真里)

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2017年7月14日のニュース