野球の音を聴け 井納翔一の耳に残る心地のいい打球音

[ 2017年6月29日 10:00 ]

2014年の日米野球第2戦に登板したDeNA・井納
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 【君島圭介のスポーツと人間】「ピッチャーは普通嫌がるだろうけど俺は好き」。DeNAの井納翔一には忘れられない音がある。14年11月の日米野球。侍ジャパンのメンバーに選出された右腕は、第2戦(東京ドーム)と第5戦(札幌ドーム)に登板した。そのマウンドで聞いたのが、MLB選抜の打者のバットが発する圧倒的な打球音だった。

 「これが本物の音か、と思った。国際試合だと相手の応援がないからよく響いた。打たれたけど、初めて味わった心地のいい音だった」

 打たれて、なおその音は井納を魅了した。打球音すべてが好きかといえばそうではない。「自分が打ってるときは全然気にならない」。超一流の打者、密閉されたドーム球場という条件と1球1球の勝負を固唾(かたず)をのんで見守るスタンドの静寂に近い状況が重なって響いた音だった。

 「ピッチャーならミットが鳴る音が好きだと思われるけど、それはどうでもいい」。投手に気持ちよく投げさせるために捕手は「いい音」を出して捕球することに腐心する。だが、井納には必要ない。

 「投球がコースに入っていればミットの音は気にならない」

 基本的には井納にとって試合中の音に意味はない。スタンドの声も普段は耳に入らない。だが入団2年目、マウンドで打ち込まれたとき一度だけはっきりと聞こえたという。「スタンドの声は言葉として聞こえることはない。でも何故か分からないけど、そのとき突然に『おまえなんか2軍に行け!』というヤジだけが耳に届いた。不思議だった」。井納は思わず声の方に視線を向けた。そこには観衆の顔が並んでいるだけだった。

 ただ、それでへこむような男ではない。そう思われていると知り、開き直れた。ヤジに開き直る強さとメジャーリーガーの打球音をマウンドで「心地いい」と感じる強さは共通する。普段は聞こえない「音」が耳に残ったとき、井納の中でいつも何かが動いてきた。 (専門委員)

 ◆君島 圭介(きみしま・けいすけ)1968年6月29日、福島県生まれ。東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉は高校の大先輩。学生時代からスポーツ紙で原稿運びのアルバイトを始め、スポーツ報道との関わりは四半世紀を超える。現在はプロ野球遊軍記者。サッカー、ボクシング、マリンスポーツなど広い取材経験が宝。

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2017年6月29日のニュース