北島康介“驚異の進化”世界新で２連覇

健闘を称えあう（左から）４位のハンセン、北島、２位のダーレオーエン

　【北京五輪・競泳】北島が金字塔を打ち立てた。男子百メートル平泳ぎで北島康介（２５＝日本コカ・コーラ）が５８秒９１の世界新をマークし、１９６８年メキシコ五輪から採用された同種目初の２連覇を達成した。ブレンダン・ハンセン（米国）の世界記録を０秒２２更新。世界新での金メダル獲得は日本人では３６年ぶりで、アテネ五輪の２冠に続く３つ目の金メダルは日本競泳史上最多となった。１２日からは得意の二百メートル予選が始まるが、２大会連続２冠に向けもはや死角はない。

　こらえきれなかった。タオルで顔を覆うと、北島は肩を震わせてむせび泣いた。「すみません。何も言えない…」。アテネの時は「チョー気持ちいい」の名言を残した男が、まるで子供のようにおえつするだけ。日本中を感動させたアテネから４年。悩み、苦しみ抜いた末に手にした３個目の金メダルの重さは、ほおを伝わる涙の量が証明していた。
　完ぺきなレースだった。スタートで先頭に立ったが、５０メートル手前でダーレオーエンに抜かれ、折り返しは３位に落ちた。だが、すべては計算通り。「前半はゆっくりしたテンポで泳いで、ラスト１５メートルで勝負を懸けろ」という平井コーチの指示を忠実に守り、ターンで再び先頭に立つと、じっとスパートの機会をうかがった。そして迎えたラスト１５メートル。すでに体力を消耗していたライバルたちを尻目に猛然とスピードを上げてゴール。５８秒９１という驚異的な世界新記録を確認すると、両手を突き上げて勝利の雄叫びを上げた。
　「完ぺきだった。ひとかきひとかき正確にリズムよくいこうと思った。進化を見せることができたと思う。アテネの時以上に、チョー気持ちいい」
　再び世界の頂点に立つまでの道のりは険しかった。モチベーションの低下に悩み、ひじやひざの痛みでどん底の状態を味わった。０５、０６年には他の日本選手にも負けた。国際大会ではライバルのハンセンに１度も勝てず「本当に水泳を辞めるんじゃないか」（平井コーチ）と周囲を心配させる日々が続いた。
　何もかも投げ出して楽になりたい。そんな王者を再び奮い立たせたのは、やはり五輪の存在だった。０６年夏、高熱を出して入院した。ベッドに横たわった情けない姿の自分を見た北島は「もうこんなことをやっている場合じゃない」と腹をくくった。
　アテネが終わった時から北京が最後の五輪と決めていた。「金メダル以外は負け。こんなに練習するのがこれが最後」と自分自身に言い聞かせ、朝から晩まで泳ぎ込んだ。持ち前のキック力は、打ちすぎると足首が捻挫してしまうほど強い蹴りになった。筋トレで培った強じんな上半身で大きな腕をかけるようになった。より推進力を増した「４ＷＤ」の泳ぎは無敵の存在となっていた。
　１２日からは得意の二百メートルが始まる。既に世界記録を保持しており、２大会連続の２冠達成の可能性は高い。最終日にメドレーリレーを残すが、五輪人生最後の個人種目。「本当に五輪は楽しい。もちろん、二百メートルでも勝ちます」。中国語で平泳ぎは「蛙泳」と表記する。よみがえった「蛙王」は、何の躊躇（ちゅうちょ）もなく、そう言い切った。