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【1984年4月】涙のリクエスト/元々B面候補 チェッカーズの運命を決めた1曲

84年12月5日、初の紅白出場が決まったチェッカーズ。前列中央が藤井フミヤ
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 ★84年4月ランキング★
1 涙のリクエスト/チェッカーズ
2 ワインレッドの心/安全地帯
3 サザン・ウインド/中森明菜
4 渚のはいから人魚/小泉今日子
5 喝!/シブがき隊
6 モニカ/吉川晃司
7 プロフィール/倉沢淳美
8 Rock’n Rouge/松田聖子
9 星空のディスタンス/アルフィー
10 君のハートはマリンブルー/杉山清貴&オメガトライブ
注目誘惑光線・クラッ!/早見優
※ランキングは当時のレコード売り上げ、有線放送、ラジオ、テレビのベストテン番組などの順位を参考に、話題性を加味してスポニチアネックスが独自に決定。

【涙のリクエスト/チェッカーズ】
 福岡県久留米市で結成されたアマチュアバンドは上京後、ミニライブを重ねて評判となり、デビュー2曲目がブレーク。そのステージ衣装や髪型まで若者のファッションリーダー的存在にもなったチェッカーズは84年の音楽シーンを席巻した。

 オールディーズナンバーを彷彿させる「涙のリクエスト」に加え、デビュー曲「ギザギザハートの子守唄」、サードシングル「哀しくてジェラシー」と初期の大ヒット曲は、すでにデビュー前に完成。どの順番でリリースするかが検討された。スタッフの間では一番ヒットの感触があったのは「哀しくて…」で、これを3枚目にして勝負をかけるつもりだったという。

 しかし、「涙の…」は当初B面候補。メンバーから「センセー」と呼ばれていた作曲の芹沢廣明も、芹沢とのコンビで中森明菜をスターダムにのし上げた作詞の売野雅勇も短時間で気楽に書いたのが、その後のチェッカーズの運命を決めたのだから不思議である。

 TBS「ザ・ベストテン」で7週連続1位を記録すると、人気はさらに高まり、「涙の…」を真ん中に発売された、2曲も次々ランクイン。3曲同時にトップテン入りを果たし、話題となった。

 「涙の…」はサビの部分で、ボーカルのフミヤが腕を頭上で回すのが象徴的だが、元来は曲全体にわたって振り付けがあった。フミヤがライブで興奮しているうちに全て忘れてしまい、残ったのがこの場面だけになってしまい、それが定着したという。

 それほど下積みもなく売れたことにリーダーの武内享は「好きなことをしているうちに有名になってしまい、実感がない。1年後は影も形もないかもしれない。売れているうちにいろいろなことを経験したい。それが解散後に実るはず」と語っていたが、影も形もどころか、チェッカーズはその後も80年代の音楽だけでなく、芸能界そのものを牽引する存在であり続けた。

[ 2011年4月13日 06:00 ]

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