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鶴見辰吾 “金八イメージ”に悩み日本脱出計画も…運命の人は亡き名優

芸能生活40周年を迎えた鶴見辰吾
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 芸能生活40周年を迎えた、俳優の鶴見辰吾。最高視聴率39・9%を記録した「3年B組金八先生」の第1シリーズ(1979)では、中学生が出産する「十五歳の母」というセンセーショナルなエピソードが話題を呼び、相手役の杉田かおるとともに“中学生を妊娠させた”鶴見も注目の的となった。しかし役のインパクトは強く、そのイメージからなかなか抜け出せなかった。そんな流れを変えるきっかけをつくってくれたのは、昨年末に亡くなった俳優の根津甚八さんだった。

 金八先生で、「たのきんトリオ」、三原じゅん子(現、参議院議員)らとともに人気を博した“宮沢保”も52歳。最近はバラエティ番組にも積極的に出演。3月12日放送のBSフジ「芸能人スピードゴルフ王決定戦」(後12:00〜)では、9または18ホールを早く最小スコアでラウンドする競技に参加した。「スポーツとしてゴルフを認めないという方もいるが、スピードゴルフに関しては完全にアスリート・ゴルフ。まるでバイアスロンのよう。テレビの前でも十分楽しめます」と断言する。

 今夏にはソン・ガンホと共演した韓国映画「密偵」の公開も控える。活動の輪は広がり、充実の50代。かつては重荷であった金八先生に対する思いも変わった。「金八がなければ、俳優として殻を破りたいという反発のエネルギーも生まれなかった。代表作があるというのはありがたいこと。金八があり、皆さんに支えられてこの40年がある。自分にとっての財産。やっと気づきました」。

 金八先生でブレークしてからというもの、オファーは役名の“宮沢保”の延長線上のものばかり。「若い頃はそのイメージが疎ましかった。刑事ドラマに出たり、スティーブ・マックイーン、ブルース・リーのような男らしい俳優像が理想でしたが…」。30歳になっても状況に変化はなかった。「俳優を辞めるか、日本を飛び出して海外で一から勉強をし直すか」。悩み、決断を迫られた中でのとある地方ロケ。「尊敬する俳優」と慕う根津さんと二人きりで酒を飲み交わす機会を得た。胸の内を吐露すると「根津さんはその場で石井隆監督に電話をして、僕を売り込んでくれた。翌年、石井監督の『GONIN』(1995)への出演が決まった」。一人の俳優、一本の電話が進路を変えた瞬間だった。

 大金を強奪された暴力団組員という念願のヒール役。起用決定にマネジャーと「新境地開拓!」と歓喜した。撮影では鬼才・石井監督に「イジメられているのか?と思うくらいしぼられた」が、忘れかけていた感情を取り戻すこともできた。「小道具や衣裳、髪型にもこだわってさまざまなアプローチを試していくうちに、演じるってこんなに面白いのか!と。自分の新たな一面を引き出してくれた記念碑的作品になった」。一気に流れが変わった。「それ以来、役柄の間口も広がった気がする。オファーもバラエティに富んだものに変わり、良作や話題作にも巡り合えるようになった」。

 根津さんと最後に会ったのは「GONIN サーガ」(2015)の関係者試写。「体調を崩されていて言葉を発せる状態ではなかったけれど、ずっと手を握りながらお互いの意志を確認し合うことができた。根津さんは寡黙なイメージがあるが、実際は周りに気を遣う後輩思いの先輩。悩みを打ち明けた夜も、撮影が控えているにも関わらず、朝4時まで付き合ってくれた」。

 人間の運命はどこで変わるのだろうか。いつ、どこでかは誰にもわらない。しかし一つ言えるのは、現状を打破しようとしてそれに向かって歩みを続ける人が、どこかでばったり運命の人にめぐり合えるということ。殻を破りたい。求め続けたからこそ、鶴見の充実した今がある。(石井隼人)

[ 2017年3月8日 10:00 ]

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