【内田雅也の追球】中西太の味がする「走者スタートの一打」

[ 2023年5月19日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神4―1中日 ( 2023年5月18日    バンテリンD )

<中・神>初回無死一、二塁、ノイジーの三ゴロで二走・近本が三進(撮影・大森 寛明)
Photo By スポニチ

 阪神にとっては元監督でもある中西太の訃報が伝わった。監督に就いたのは1980(昭和55)年のシーズン中、ちょうど今ごろだった。監督ドン・ブレイザーが退団した5月15日、ヘッドコーチから昇格した。

 同年5位、翌81年3位と順位を上げて辞任した。選手を「育てる」「つくる」コーチであり、「決断する」監督ではないと自覚していた。

 たとえば、ヒットエンドランのサインを出した後、ベンチで下を向いていたといった話が伝わる。空振りや打球が野手正面をつけば走者憤死や併殺もある。怖くて見ていられないのだった。

 ならば、この夜の阪神の作戦も目をつぶっただろうか。1回表、安打、四球で無死一、二塁。シェルドン・ノイジーのカウントが3ボール―2ストライクとなると、走者スタートのランエンドヒットを敢行したのだ。監督・岡田彰布は「空振りないんやから」と平然と話した。

 打球は三塁線寄りのゴロで三塁手・福永裕基は三塁を踏んだが、走っていた二塁走者・近本光司の足が速く間一髪セーフ。一塁送球で1死二、三塁と好機を広げた。

 この後、2死満塁となってヨハン・ミエセスもフルカウント。走者スタートでの一打は三塁線突破の二塁打となり、3人が還った。

 2回表も1死一塁、近本がフルカウントとなり、また走者スタートのランエンドヒットで右翼線二塁打で1点を加えた。

 フルカウントからの「ペイオフ・ピッチ」(清算の一投)を快打する集中力が素晴らしい。中西は著書『人を活(い)かす 人を育てる』(学習研究社)で「読み」の重要性も記している。<実体験をかんがみ、そこで得た知恵を働かせ、相手の出方を推理し、そこで打つ手を決める。(読みが)物事の成否を決める重要な役割を果たす>。岡田の作戦はそうだろう。ミエセスもフルカウントでも落ちる球を多用する日本野球の傾向を読んで対応していた。

 守ってもミエセスはダイビング好捕。ノイジーは失点を防ぐ三塁への好送球(補殺)があった。思えば、長くコーチをしていた中西は外国人とコミュニケーションを取るのがうまく、活躍を後押ししていた。外国人も働いた勝利は中西の味がした。そして阪神としては泉下の中西にささげる勝利だった。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

「始球式」特集記事

「落合博満」特集記事

2023年5月19日のニュース