【内田雅也の追球】口伝で磨く「十八番」

[ 2021年2月4日 08:00 ]

<阪神キャンプ> 盗塁練習で二塁に滑り込む中谷(撮影・大森 寛明)
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 歌舞伎や能に「家の芸」がある。その家が得意としている演目だ。

 「十八番」とも呼ぶ。広辞苑には、歌舞伎十八番の台本を市川家が秘蔵芸とし、箱に入れて保存したため「おはこ」と呼ぶようになったとある。

 演じる奥義は文字ではなく口伝による。「二枚目は三枚目の心で演じよ」「荒事は童心で勤めよ」……と江戸時代から代々受け継がれてきた。

 そんな家の芸が野球にもある。阪神で言えば「ワンバウンド(ワンバン)スタート」だろう。投球がワンバウンドする――した、ではない――と見た瞬間、走者がスタートを切り次塁を奪う。今では少年野球でも行われる走塁だが、チームで採り入れたのは阪神が早かった。今は亡き島野育夫がコーチに就いた1992年の春季キャンプ(高知・安芸)で指導していたのを覚えている。

 島野は前任の中日コーチ時代も指導していたかもしれない。中日、南海、阪神での現役時代に覚えた技だろうか。

 嚆矢(こうし)はさておき、阪神の走者はワンバンスタートが得意だ。シーズン中、幾度も次塁を奪う好走塁を目にする。記録は暴投(まれに盗塁)となるので集計は難しいが、数は他球団を上回っているだろう。

 沖縄・宜野座キャンプ3日目、その練習があった。スケジュールに「盗塁・ワンバウンド」と記されていた。決して俊足とは呼べない陽川尚将や中谷将大が好スタートを切っていた。試合では一塁ボックスに立つコーチ・筒井壮の「高さな、高さ」との声が聞こえた。投球を見極めるコツを口伝えしていた。

 一方、一、二塁や満塁での一塁けん制は<巨人の得意技>と川相昌弘が著書『ベースボールインテリジェンス』(カンゼン)に書いている。後方に位置する一塁手がベースに入るわけで「後方けん制」と呼ぶそうだ。コツは投手は<一塁走者を一切見ずにサインを頼りにけん制を放る>。巨人では「あるところ」からサインが送られ、投手は「あるところ」を見て放る。詳細は明かしていない。ホセ・ロペスがうまく、巨人や移籍先のDeNAでも刺していた。

 いま阪神で臨時コーチを務める川相はその極意を伝えるのだろうか。

 この日は2年目の西純矢が絶好のタイミングで放っていた。小川一平はやり直しながら身につけていた。十八番にするための貴重な練習だった。 =敬称略= (編集委員)

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2021年2月4日のニュース