星野氏の軌跡 甲子園出場ならず、巨人V10阻止、13年に日本一 

[ 2018年1月7日 05:30 ]

星野仙一氏死去

現役時代、闘争心むき出しピッチングでファンを魅了した星野氏
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 ▼1947年 1月22日に岡山県倉敷市で生まれる。母・敏子さんが寮母を務めていた三菱重工水島(現三菱自動車倉敷オーシャンズ)の球拾いをしたのがきっかけで野球を始める。

 ▼62年 倉敷商に入学。甲子園出場はならず。3年夏は東中国大会決勝で米子南(鳥取)に2―3で敗れ、あと一歩で聖地への道を断たれた。

 ▼65年 明大入学。六大学通算23勝。田淵幸一、山本浩二、富田勝の「法大三羽ガラス」らライバルとしのぎを削る。

 ▼68年 11月12日のドラフト会議で中日から1位指名されて入団。事前に指名を約束していたという巨人が島野修を選び「星と島を書き間違えたのではないか」。

 ▼69年 5月5日の広島戦でプロ初勝利。

 ▼74年 15勝&10セーブをマークして最多セーブのタイトルを獲得。沢村賞にも輝き、巨人のV10を阻止してチーム20年ぶりの優勝に貢献。「日本シリーズは邪魔。巨人に勝ったからもういいんだ」。

 ▼75年 17勝5敗4セーブで最高勝率(・773)。

 ▼77年 自己最多の18勝。7月8日の阪神戦で通算100勝。

 ▼82年 現役引退。11月21日のファン感謝デーで「長い間ありがとう。燃え尽きたのでマウンドを降ります」とあいさつ。

 ▼85年 野球評論家の傍ら、NHK総合「サンデースポーツスペシャル」の初代司会者を務める。

 ▼87年 40歳の若さで中日監督に就任。「選手には“覚悟しとけ”のひと言だ」。ロッテから落合博満を1対4のトレードで獲得する。1年目は巨人に次ぐリーグ2位。

 ▼88年 就任2年目にしてリーグ優勝。日本シリーズは西武に1勝4敗で敗退。

 ▼91年 健康上の理由で監督を退任。

 ▼96年 5年ぶりに中日監督に復帰。

 ▼97年 白血病で闘病していた最愛の妻・扶沙子夫人が1月31日に51歳で死去。2月2日の告別式では「寂しい!悲しい!悔しい!」と絶叫した。必勝を期したシーズンは投打ともに振るわず、59勝76敗1分けで監督生活初の最下位。

 ▼99年 開幕11連勝を飾り、監督として2度目のリーグV。

 ▼01年 中日監督を退任。セレモニーで「私ほどドラゴンズファンに愛された男はいないと自負している」。

 ▼02年 野村克也前監督の後を受け、阪神監督に就任。「ここ(甲子園)が俺の死に場所という決意」。1年目は4位に終わる。

 ▼03年 2位・中日に14・5ゲームの大差をつけて監督として自身3度目のリーグ優勝。「あー、しんどかった。やはりこの縦じまで、この甲子園で、みんなの前で胴上げされたかった。本当に選手がファンの夢をかなえてくれた。ありがとう」。正力松太郎賞を受賞。日本シリーズ終了後に健康上の理由で退任。

 ▼04年 阪神の球団オーナー付シニアディレクター(SD)に就任。

 ▼07年 北京五輪の日本代表監督に就任。1月25日の会見では「金メダルしかいらない」と宣言。

 ▼08年 北京五輪は準決勝で韓国、3位決定戦で米国に敗れてメダルなしに終わる。

 ▼11年 初のパ・リーグとなる楽天監督に就任。3月11日の東日本大震災の影響で開幕が2週間以上延期も「困難、苦難は乗り越えられるやつにしか降りかからんのや、と自分に言い聞かせている。弱音は吐けない」。シーズンは5位。

 ▼12年 5月11日のオリックス戦に3―2で勝利し、史上12人目の監督通算1000勝を達成。「この年まで監督をやらせていただけるのは幸せ」

 ▼13年 球団創設9年目で初優勝。「これは本当かな。ほっぺをつねりたい。東日本大震災から東北の皆さんの苦労を少しでも和らげようとやってきた」。異なる3球団で優勝監督となったのは三原脩、西本幸雄に次いで3人目の偉業。巨人との日本シリーズも4勝3敗で制し、選手、監督を通じて6度目の挑戦で初の日本一に輝く。66歳でのリーグ優勝&日本一は史上最年長記録。2度目の正力松太郎賞。

 ▼14年 胸椎黄色じん帯骨化症などで約2カ月間、休養。手術を受けて7月25日の日本ハム戦で復帰した。チームは低迷し、9月18日に退任を発表。「2カ月間も“戦場”から離れて迷惑をかけた。やはり勝負師がシーズン途中で(チームを)離れるのはあってはならない」。監督として自身2度目の最下位に終わったが「イーグルスの監督になって本当に良かった。最高に幸せな野球人生でした」。

 ▼15年 楽天シニアアドバイザーに就任。

 ▼16年 楽天の球団副会長。

 ▼17年 1月16日、エキスパート表彰で野球殿堂入り。「野球に感謝しないといけない。ああ、野球をやってきて良かったなあ…と思う」

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2018年1月7日のニュース