【Sスケート】高木美帆、戦い続けたリンクに別れ…「次の人生が楽しみな部分もある」

[ 2026年3月10日 05:30 ]

スピードスケート世界選手権最終日 ( 2026年3月8日    オランダ・ヘーレンフェイン )

スピードスケート世界選手権の女子オールラウンド部門で総合3位になった高木美帆。今大会限りで現役を退く
Photo By ゲッティ=共同

 今大会限りで現役を引退する女子の高木美帆(31=TOKIOインカラミ)がオールラウンド部門で総合3位に入った。前日の前半2種目で首位に立ち、3種目目の本職1500メートルは1分53秒48の2位でトップをキープ。最終5000メートルは7分1秒50の6位で18年以来の優勝は逃したが堂々の表彰台に立ち、リンクに別れを告げた。

 スピードスケート界の第一人者が、聖地で戦い続けたリンクを去った。試合後の引退セレモニー。国民的人気を誇る本場オランダで、日本国旗を手にして周回した。満員の観客から称賛の拍手を受け、マイクを向けられると「ありがとう、さようなら!」と英語でファンにあいさつ。泣き笑いのラスト舞台を終え「最後まで楽しめた」と語った。

 3レース目となった本職1500メートルは前半から飛ばし、限界まで耐えた。ミラノ・コルティナ五輪では6位に終わった種目だったが、この日は「目の前がふさがっていたものが開けた」。新境地の感覚で2位と好走し、総合首位をキープ。場内放送で「Living Legend(生ける伝説)」と紹介されて挑んだラストの5000メートルは、全力で粘って6位。引退が惜しまれるほどの滑りだったが「決断に後悔はない」ときっぱり言い「自分が実現できる中で、最高の締めくくり方ができた」とうなずいた。

 数え切れないほどの恩人が見守る前で花道を飾った。スタンドでは18年平昌五輪団体追い抜きで一緒に金メダルを獲得した姉・菜那さんや両親がいた。長年指導を受けたオランダ人のヨハン・デビット・コーチ、そして仲間や名勝負を繰り広げたライバルたち…。「一人ではこれを達成することはできなかった。いろんな人の力と、先輩方の刻んできた道があったからここまで来られた」。年を重ねて実感した感謝の思いを率直に口にした。

 15歳でバンクーバー五輪に初出場。「スーパー中学生」と騒がれ、いつしかストイックな姿勢から「求道者」となった。五輪で積み上げた10個のメダルは夏冬通じて日本女子で最多記録。「数日たったら“めっちゃ寂しい”とか言っているかもしれないが、次の人生が楽しみな部分もある」。その道のりが、色あせることはない。

 ◇高木 美帆(たかぎ・みほ)1994年(平6)5月22日生まれ、北海道幕別町出身の31歳。北海道・帯広南商高、日体大出。5歳でスケートを始める。10年バンクーバー五輪に中3で出場も、14年ソチ五輪は出場を逃す。18年平昌の団体追い抜き、22年北京の1000メートルで金メダル。五輪4度出場。W杯日本勢最多の通算38勝。19年3月に出した1500メートル1分49秒83は世界記録。家族は両親と兄、姉・菜那さん。身長1メートル65。

 ▽世界選手権オールラウンド部門 短距離から長距離まで4種目のタイムを得点に換算し、合計ポイントで争うスピードスケート最古の種目。1889年アムステルダム大会で始まり、1936年のストックホルム大会から女子も開催。女子は実施順に500メートル、3000メートル、1500メートル、5000メートル。スプリント力から持久力まで総合力が求められ、優勝者は真の世界一として称賛される。18年に高木が日本勢で初制覇した。

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