ラグビー福岡堅樹 7人制での東京五輪断念し医学の道にトライ!「後悔しない人生を生きたい」

[ 2020年6月15日 05:30 ]

オンライン記者会見に臨む福岡堅樹

 医師としてのセカンドキャリアを優先し、来年に延期となった東京五輪出場を断念した7人制ラグビー日本代表候補の福岡堅樹(27=パナソニック)が14日、オンライン記者会見に臨み、決断への経緯などを説明した。15人制を含めて、改めて日本代表からの引退を表明した一方、来年1月開幕予定のトップリーグ(TL)出場には意欲を示した。

 代表からの引退。ごく一握りのアスリートのみが許される選択を下したスーツ姿の福岡は「自分の中で後悔をしない人生を生きたいという思いが一番強かった」と説明した。

 トップリーグでの今季最終戦として臨んだ1月18日のトヨタ自動車戦で負傷。リハビリを経て2月末の東京合宿、3月前半の別府合宿に参加した。その時期には新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪の延期論が浮上。「延期がささやかれ始めた時から、自分の中でどうするかを考えていた」と言い「実際に決まった時には、この挑戦を辞退すると決めていた」と語った。

 その後は代表関係者らから引き留める声が掛かり「気持ちはうれしい」としつつも、決意は揺るがなかったという。昨年のW杯では通算4トライを挙げる大活躍。日本のラグビー界が空前の上げ潮に乗る中で表舞台から去るが、「一度ずらすと、また何かやりたいことが出てきて、どんどんずれてしまう」。五輪でのメダル獲得の目標は果たせなかったが、「素晴らしい選手がいる。彼らが獲ってくれると信じている」と仲間に夢を託した。

 代表活動が休止した3月中旬以降は受験勉強に比重を置きつつ、体も動かして来季のTL出場を視野に入れる。「次のTLでは最高のパフォーマンスができるように準備したい」と話し、現役引退の時期については「その時になったら自分で発信したい」と明言を避けたが、現実的には医学部生とトップリーガーの両立は極めて困難で、いずれにしても残されたプレータイムは多くはなさそうだ。

 コロナ禍で親族ら周囲の医療従事者が奮闘する姿を目の当たりにし、改めて「医学の道を志したいと思わせてくれた」という福岡。日本代表から医師へ――。前人未到のキャリアへトライは続く。 

 ▽医師への道 あらゆる学部・学科で最難関の大学入試が最初の関門と言える。医学部は6年制で、さまざまな実習や試験を経て、国家試験に合格すると医師免許を取得できる。その後は2年間の初期臨床研修を通じ、さまざまな分野の医療現場を経験。さらに専門分野での3年間の後期臨床研修を経て、ようやく“一人前”の医師となる。

 ◆福岡 堅樹(ふくおか・けんき)1992年(平4)9月7日生まれ、福岡県古賀市出身の27歳。5歳からラグビーを始め、福岡高3年で花園出場。1浪後の12年に筑波大へ進学し、16年からパナソニック所属。15人制では15、19年W杯に2大会連続出場し、19年大会は通算4トライ。7人制では16年リオ五輪に出場し、4強入りに貢献。15人制代表通算38キャップ。1メートル75、83キロ。

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