元京大アメフット部監督 水野弥一氏「国の発展のためにひと肌脱がないといけないと思ってほしい」

[ 2020年4月19日 05:00 ]

自宅の桜の前で「規律」のメッセージを掲げる水野弥一氏
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 桜の季節、銀閣寺にほど近い水野弥一氏(79)の自宅周辺は観光客でごった返す。それが今年は、一変した。図らずも実現した静かな京都の街。「戦略を立てるには敵を知り己を知ることが必要。でも今回はなかなか相手が分からない。今はできる限り深刻に受け止めたい。経済のことなどを考えるのはその後でいい」と、諭すように話す。

 京大アメリカンフットボール部を4度の日本一へ導いた名将は現在、京都両洋高アメフット部でヘッドコーチを務める。昨春、創部したばかりで部員は30人弱。単調な練習をしているとグラウンドから去る子どもがいるほどで、昨年の秋季大会は3戦完敗。それまでじっと我慢していたが、シーズン後、全員を集めた。「(アメフットを)やると決めたのは自分の意思じゃないのか」、「こんなだらしないことをしていたら、おまえという人間が消される」、「やると決めたのなら、やらねばならないことをやるべき」。3日間かけて説いたのは、40年以上、指導した京大時代と同じことだった。

 かつて、京大アメフット部は部員不足に泣いた。そのため、下級生には雑務などをさせないという合理性を取り入れた一方、上級生には覚悟を問うた。「世の中は規則さえ守っていたら、何もしなくても罰せられない。でもチャンピオンになるには、やってはいけないことをやらないというのはもちろん、やらねばならないことをやらねばならない」。それを「規律」と呼び、自身は「首根っこつかまえてでもやらせる」と24時間365日、向き合った。その結果が、6度の学生日本一だった。

 当時と同じ教えをした京都両洋高にも、この春にかけて、変化があった。単調な練習が2時間続いても、逃げないようになったという。「えらい変わりよう。高校生の変化は早い」。新シーズンを楽しみにしていたが、小休止はやむを得ない。「コロナが終息したら、規律を実践して、国の発展のためにも自分がひと肌脱がないといけないと思ってほしい。そう思うことがその人にやりがいや生きがい、喜びを与えてくれる」。桜の木の下でそう、祈った。
 
 ◆水野 弥一(みずの・やいち)1940年(昭15)6月13日生まれ、京都市出身の79歳。パイロットを目指し、防大でアメフットを始めるが腰痛で中退。61年に京大に入学し、OLでプレー。コーチ、米留学などを経て74年に監督就任。82年に関西初優勝で甲子園ボウル初出場。83年に日大の6連覇を阻んで初の大学日本一。甲子園ボウル6度、ライスボウル4度優勝。11年に監督を勇退し、追手門学院大の総監督などを経て19年から京都両洋高ヘッドコーチ。

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