53年ぶり五輪出場 ホッケー男子日本代表 初のオンライン作戦会議 エース田中健太「戦術的な話できた」

[ 2020年4月19日 05:30 ]

オランダのプロホッケーリーグでブレ―する田中(チーム提供)
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 53年ぶりに五輪に出場するホッケー男子日本代表「サムライジャパン」が18日、初の試みとして、選手、首脳陣33人によるオンライン作戦会議をした。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で、2時間半の戦術確認。公務員をやめてオランダでプロ選手になったFW田中健太(31=HGC)は電話取材に応じ、4カ月ぶりの代表活動の感想を語った。

 
 活動制限下でも打つ手はある。ホッケー男子日本代表が、初めてオンライン作戦会議をした。アイクマン監督ら首脳陣、選手33人が参加。今年から採用している攻撃的なシステムの浸透を図った。

 2時間の予定が30分オーバーした。その理由を、FW田中は「初めてで接続できない人もいて。途中で1回切れたりもした」と苦笑いで説明。スムーズさを欠きながらも、「戦術的な話ができた」と成果を口にした。

 点取り屋の田中にとって、4カ月ぶりの代表活動。3月末にオランダから帰国したが、海外帰国者の2週間自宅待機要請に従う間に代表合宿が打ち切られた。この日、滋賀県米原市の自宅から久々に仲間とつながった。

 所属するHGCがあるワッセナー滞在中は気をもんでいた。リーグ戦は3月8日を最後に中止。新型コロナウイルスの流行で市民は外出禁止、レストランは閉鎖された。日本はまだ、五輪の今夏の開催で揺れていたが「僕は無理だと思っていた。欧州は家から出られない。開催すればボイコットする国もあると思っていた」とし、中止ではなく「1年延期で良かった」と国際的な感覚を口にした。

 和歌山県庁の職員をしながらプレーしていた18年に渡蘭。「東京五輪でメダルを獲るためには今のままではだめ」と30歳で一大決心し、安定した職を捨てて、プロになった。

 強豪オランダの風は冷たく、最初はパスがもらえなかった。それならば「自分で取って攻めた」と得点を重ね、認めさせた。入団2季目の今季はチーム3位7得点でリーグ3位に貢献。収入は公務員時代より「ちょっと上」だ。前例なき道を進む「サムライジャパン」のサムライは53年ぶりの五輪で大仕事を狙っている。
 
 ◆田中 健太(たなか・けんた) 1988年(昭63)5月4日生まれ、滋賀県米原市出身の31歳。春照(すいじょう)小3年からホッケーを始め、伊吹山中、、天理高から立命大へ進む。和歌山県庁スポーツ課に在籍しつつ、箕島クラブでプレー。18年からオランダへ。大学1年で日本代表に初選出され、154キャップ。18年アジア大会金メダル。1メートル73、69キロ。コーヒーにこだわりがあり、自己啓発本などの読書が趣味。

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