追悼連載~「コービー激動の41年」その50 奇跡的なクライマックスへの序章
2004年5月13日。プレーオフ西地区準決勝のレイカーズ対スパーズ戦はテキサス州サンアントニオで第5戦を迎えていた。ここまで2勝2敗。3月1日からホームで17連勝を飾っていたスパーズにとっては必勝態勢だった。試合は前半でレイカーズが7点をリードするが最後までもつれる。シャキール・オニールもコービー・ブライアントもスタミナ切れ。やむなくフィル・ジャクソン監督は2人を同時にベンチで休ませる時間帯を作らざるをえなかった。
第4クオーターの残り11・5秒。少しだけ休養をもらったブライアントが左45度から距離6・4メートルのジャンプシュートを決めた。スコアは72―71。ここでスパーズのグレグ・ポポビッチ監督はタイムアウトを取った。相手の指揮官の表情をチラっと見ながらジャクソンは選手に指示を与える。「ラストショットはティム・ダンカンで来る。だから彼を自由にさせようとするスクリーンには要注意だ。誰かにインサイドへドリブルで切り込まれてもダンカンを見失うな!」。ジャクソンの指示は的確だった。だが“結果”は願ったものとは真逆だった。
残り5・4秒、右のサイドラインからマヌー・ジノビリのスローインで試合再開。ジノビリはベースライン右隅にいたデビン・ブラウンにパスをする素振りを見せたあと、ベースライン・スクリーンで壁の役目を終えてハイポストに上がってきたダンカンにボールを投げ入れた。すべてポポビッチ監督のデザイン通りの動きだったと思う。そしてジノビリはすぐに左にドッジ(ステップ)してダンカンとのスクリーン・ロールを仕掛け、右に方向を変えてインサイドを突いた。マークしていたブライアントはダンカンに接触したあとにバランスを崩し両手をコートについてしまった。
ジノビリはダンカンの横を通りすぎる。仮にジャクソンの描いた理想型があるとしたなら、ブライアントはボールを持ったダンカンへダブルチームを仕掛けてもよかった。なぜならゴール下にはデレク・フィッシャーがカバーに入っており、ジノビリにボールがリターンされてもノーマークにはなっていなかったからだ。だがブライアントはジノビリのマークとダンカンへのダブルチームという両方の仕事ができなかった。ジノビリの巧みなステップとダンカンの「壁」として圧力に負けてバランスを失い「死に体」となっていたのである。
ダンカンには複数の選択肢があった。ゴール下にボールを入れてジノビリに任せるか、左サイドからトップの位置に上がってこようとしていた3点シュートを得意とするヒドー・ターコルーにパスをするかの2つ。だが彼はジャクソンの予想通り自分で勝負してきた。ポポビッチ監督から“フィニッシャー”に指名されていたのだと思う。ジノビリに続いてブライアントが自分の横をすり抜けたその瞬間、ダンカンはドリブルを2回ついて左方向へ移動。マークしていたオニールとの間にわずかなスペースを作り、左斜め後方に倒れ込みながらオフバランスのジャンプシュートを放った。
ターコルーをマークしていたカール・マローンがカバーに加わったが間に合わない。ボールは直径45センチのリングの中に吸い込まれた。ダンカンのシュートと言えばボードに当てて入れるバンクシュートだけのイメージしかないが、当時28歳の彼はまだ柔軟だった。体勢を崩しながらのクラッチショット。それはかつてのマイケル・ジョーダンの姿を彷ふつさせるものだった。
スコアは73―72となって今度はスパーズが1点をリード。スパーズの本拠地「AT&Tセンター」は絶叫と歓声に包まれた。すぐにダンカンの周囲にチームメートが駆け寄ってきた。誰もが勝ったと思った。ダンカンでさえそうだったはずだ。最後に駆け寄ったターコルーとはがっちり握手。試合は終わったはずだった。ジャクソンの記憶によればここで電光掲示板の残り時間は0・9秒を示していたという。しかし当時のテレビ画面にはダンカンがシュートを決めて選手が飛び上がって喜んでいる場面とともに「0・4」と記されていた。
実は本当のドラマはここからだった。極限的に凝縮された時間の中で起こったまさかのクライマックス。ブライアントは自分がヒーローではなかったにもかかわらず飛び上がって喜んだ。プロに入って初めて自分がコート上で“目撃者”となった奇跡の一瞬だった。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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