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【特別手記】長友佑都 世界一へ本気「夢物語じゃない」

[ 2025年3月21日 05:00 ]

W杯北中米大会アジア最終予選C組   日本2-0バーレーン ( 2025年3月20日    埼玉 )

W杯出場を決め、試合後のセレモニーで絶叫する長友(撮影・白鳥 佳樹)
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 森保ジャパンが8大会連続のW杯出場を決めた。チーム最年長のDF長友佑都(38)は当時も最強と言われながら惨敗に終わった14年W杯ブラジル大会の屈辱を経て、日本人前人未到の5大会連続出場へと視線を上げる。本気で「W杯優勝」を目指し、熱く燃える思いをスポニチ本紙に特別手記として寄せた。

 これまで4度、W杯のピッチに立った。今でも深く傷ついているのは2014年のW杯ブラジル大会での経験だった。グサッと心の深いところに刺さったまま、そのナイフはいまだに抜かれていない。あのときの僕らは自信じゃなく、過信していた。鼻が伸びた状態で地に足が着いてなくて口先から出た“W杯優勝”だったと今は思う。

 22年のW杯カタール大会を終えて、僕は現役を終えると思っていた。そんなときテレビで、アルゼンチンとフランスの決勝を見て魂が震えた。もう一度ここに立ちたいと心の底から思った。それが現役続行のきっかけになった。ただ、次のW杯までの4年間を考えると、途方もなく思えた。一度冷静になって休んで考えに考え抜いた。それでも、あの場所に立ちたいという炎は消えなかった。

 原動力は勝手に内側から湧いてくる。目標も、夢も。それはブラジルで傷つき、その傷を癒やしたいからだったのかもしれない。W杯は本当に不思議な場所で、行けば行くほど中毒になる。アドレナリンが出まくる、あの重圧や緊張感の中で、結果を残したときの快感は言葉では言い表せない。

 ここまでの2年半はあっという間だった。昨年3月に代表復帰して後輩に代表の誇りや思いを伝えてきた。でも、それに満足はしていない。あくまでも自分は選手で、チームのモチベーションを上げるために代表にいたいとは思わない。

 与えられた役割を全うしながら選手として、5回目のW杯に行けると本気で思っている。森保さんにも「僕はW杯に向けて怪物になる。見ておいてください。長友を使いたいと思わせるので」と常に言い続けてきた。それを聞いて監督は「佑都のことを信じているし、それを楽しみにしているよ」とほほ笑み、受け入れてくれる。

 ここから本大会までにうまくいかないときが必ずくる。そこで前を向かせる存在が必要になる。僕が、ここにいる意味はそこにある。よく“枠を譲れ”と言われてきたけど、いやいや待ってくれと。日本代表の誇りや魂を持った僕なら後輩たちに背中で伝え、火をつけられる。きっと、どこかで見てくれている次のW杯のとりこになる少年たちに思いを届けられる。

 日本サッカーの歴史に、長友という魂の名を残せると真剣に思っている。僕に一枠割くのには、それだけ大きな意味がある。

 周りには既に5回目のW杯に行ったと伝えている。家族にも「パパは5回目のW杯に行ったんだよ」って伝えた。妻の愛梨も、4人の子供たちも「凄い」と喜んでくれた。ウソつきの父親になるわけにはいかない。だから5回目のあの舞台で活躍して物語を完結させないといけない。

 僕は日本中から何度も叩かれて言葉にすることに恐怖もなくなった。でも、今なら地に足を着いて、W杯優勝が目標だと言える。今のメンバーが一つになれば夢物語じゃない。胸に刺さったナイフが抜けるのは今まで味わったことのない歓喜の瞬間になる。そのとき、きっと思うんだと思う。「もうW杯はいいな。ありがとう」って。スパイクを脱ぐのは、そのときかもしれない。 (日本代表DF)

 ◇長友 佑都(ながとも・ゆうと)1986年(昭61)9月12日生まれ、愛媛県東予市(現・西条市)出身の38歳。明大から08年にFC東京入り。10年夏にセリエAのチェゼーナに移籍、その後、インテル・ミラノ、ガラタサライと渡り歩き、マルセイユを経て21年にFC東京に復帰。日本代表は08年5月に初選出され、4度のW杯に出場。国際Aマッチ出場は歴代2位の通算142試合で4得点。1メートル70、68キロ。利き足は右。
 

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