手倉森ジャパン 初勝利も届かず3位終戦 指揮官ロッカーで涙

[ 2016年8月12日 05:30 ]

試合後に選手をねぎらう手倉森監督(中央)

リオデジャネイロ五輪サッカー男子1次リーグB組 日本1―0スウェーデン

(8月10日 サルバドル)
 サッカー男子のリオデジャネイロ五輪代表は10日、1次リーグB組3位で迎えたスウェーデンとの最終戦を1―0で制したが、コロンビアがナイジェリアを下したため、3位にとどまって敗退した。手倉森誠監督(48)の下、68年メキシコ五輪以来のメダル獲得を目標に掲げていた日本の挑戦は3試合で終了してしまった。

 ピッチから引き揚げる選手と手倉森監督は握手を交わし、労をねぎらった。欧州王者を相手に五輪で初勝利を挙げた。それでも1次リーグを突破できず「受け入れがたい」と悔しがった。ロッカーで涙を流し、選手に感謝の意を伝えた。「お疲れさま。ありがとう、と。悔しいけれど、勝って終わらせてもらったという話をしました」。もらい泣きする選手もいた。

 初戦の黒星が響いた。指揮官自ら「メダルの行方を占う」と位置付けたナイジェリア戦で選手は浮足立ち、オーバーエージ選手との連係不足もあって5失点。「世界で修羅場を経験していない監督と選手が、つまらないミスをしたら痛い目に遭うことを思い知らされた」。2戦目以降は立て直したが及ばなかった。

 思い通りに来たわけではなかった。制限なく選手を招集できたのは15年3月の五輪アジア1次予選と今年1月の同最終予選だけ。今大会でもJクラブからは1クラブ3人の制限があった。24歳以上が対象のOAの人選も折衝が難航。ハリルホジッチ監督にはACミランのFW本田らA代表主力の招集を進言したが「NO」を突きつけられた。初戦の2日前にはヤングボーイズのFW久保がクラブ事情で招集を辞退。指揮官は五輪代表の課題として活動日数の少なさを挙げ「もっとやりたかったというのが本音」と初めて公の場で嘆いた。

 指導者となってから約20年。選手に掛ける言葉などを毎日、欠かさず手帳に書き留めてきた。その手帳は真澄夫人に残す形見のつもりで書いた。「そう思うとねたみ、そねみは書けない。俺がポジティブなのはそこにも要因がある」。当初、「A代表でもないし」と五輪の活動に後ろ向きだった選手もいたが、前向きな言葉は戦う集団に変えた。

 その手腕を日本協会も評価。8月31日で切れる契約をA代表のコーチとして更新する意向だ。本人は「一回休んで自分がどういう針の振り方をするのか確認してみたい」と発言。今後に関しては熟慮の末、答えを出す。

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