「人生なんとかやってやる」Palette Parade白川千尋 「失恋みたいなもの」経て見つけた自分なりの立ち位置と覚悟

[ 2025年12月2日 15:00 ]

【画像・写真2枚目】「ここにいていいのか」葛藤に揺れながら──Palette Parade白川千尋 「atelier」と向き合った先の変化 “苦しかった”から“届けたい”へ(撮影・葵 うた)
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 7人組女性アイドルグループ「Palette Parade(パレットパレード)」(通称パレパレ)のメンバー・白川千尋が、10月に発売された新曲「atelier」のリリースを機にスポニチ東京本社でソロインタビューに応じた。最初は女優を夢見た少女が、なぜアイドルの世界に身を投じたのか。そして、歌えない苦しみのなかで見つけた「役割」とは――その静かな覚悟に迫った。(「推し面」取材班)

【白川千尋 連載①】「ここにいていいのか」葛藤に揺れながら…

 中学2年生の頃、将来の夢は「女優」だった。多くの人生を生きるように、誰かの心を動かす存在に憧れた。その後、地元で小さなアイドル活動に誘われステージに立つ。「人と近い距離で、日常の支えになれる」――アイドルという職業に、表現者としての新たな魅力を感じた。

 転機は突然だった。SNSで偶然見つけた「Palette Parade」のオーディション募集。「アイドルらしさだけじゃない、生き様を伝える存在になれる」──募集要項の言葉が、自身の内面と強く重なった。「ここしかない」。そう確信し親に内緒で応募し、合格。すぐさま高校を退学して上京。迷いはなかった。

 だが、理想と現実のギャップは大きかった。活動を続ける中で、苦しんだのは“歌割り”だった。

 「好きな曲の好きなパートに、自分の名前がなかった。新体制になった時、自分の少ないパートまで他のメンバーに引き継がれたんです。『あれ、私の居場所ってどこ?』って。まるで大事に育ててきた我が子を手放すような気持ちでした」。

 歌が好きなのにグループの中で「歌えない存在」になっていく。歌割りがない=存在価値がないように思えて、悔しくて、悲しくて、何度も自分を責めた。そんな時、支えになってくれたのは、家族と2人の親友、そして大切なファンの存在だった。

 「『そんなことあっても、笑って帰ってくればいい』って父が言ってくれて…涙が止まらなかった。『帰る場所がある』って、あんなに心が軽くなるんだって知ったんです」。

 時間も癒やしてくれた。「失恋みたいなもの」――そう語るように、好きだからこそ苦しく、でも逃げずに向き合ってきた。今では歌だけにこだわらず、ダンスや表情で「自分にしかできない表現」を届けようとしている。

 座右の銘を聞くと、少し考えてこう答えた。「人生なんとかやってやる」。

 気負わず、でも諦めず。無理をしない自分が、無理をしない誰かの支えになる。飾らず、偽らず、あるがままの感情をそっと包む。「atelier」は自分の物語。そう信じて立ち続ける姿に救われる誰かがきっといる。

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