山田洋次監督 終戦で一変した生活「日本人が威張っている」満州から「復讐されるんじゃないか…」

[ 2025年9月15日 23:16 ]

山田洋次氏
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 映画「男はつらいよ」シリーズなどで知られる山田洋次監督(94)が、15日放送のTBSラジオ「森本毅郎 特別対談番組『100年の歳月』」(後10・00)に出演し、少年時代について語った。

 大阪生まれ。蒸気機関の専門家だった父が、満州鉄道の仕事に携わることになり、2歳で満州へ渡った。中学3年まで満州で過ごしたといい、「満州育ちと言っていいですね」と明かした。

 「満州にいた少年時代は、植民地ですから、日本人が威張っているんですよね。支配者だから。イギリス人がインドで威張っているようなもので、生活的にも日本人は中国人より良かったし、中国人をひどく差別して。とても罪深いことなんだけど…」

 それが「敗戦になって一気にひっくり返った」という。終戦は満州・大連で迎えた。「8月15日に負けたと聞いた時に、ぞっとした覚えがありますね。復讐(ふくしゅう)されるんじゃないかと」。実際、中国人からの復讐はなかったというが、「ロシアの兵隊が入ってきて、散々荒らされた」と振り返った。

 敗戦後は一気に生活苦も襲ってきた。「アルバイトみたいなものをして、持ち物を売って、細々とコーリャン(とうもろこし)みたいなものを食べて、何とか生命をつないでいくというね」。日本との連絡手段も一切なく、「電話も手紙も通じないから、何がどうなっているか、さっぱり分からない。いつ引き揚げ船が来るか分からないという。不安な状態が1年半、続いて。ある時ふと、連絡船が来るんだぞということになって」、ようやく帰国することになったと明かした。

 引き揚げる際には、手で持てる程度の荷物しか持つことはできなかったという。そんな経験から、難民の手荷物には興味があるという。「とても気になるんですよ。この人たち、何を持ってるんだろうなって。その袋の中に何が入ってるんだろうなって。もう少しリュックサックみたいなものにした方がいいんじゃないかとか。手に持って長い間、歩けるのかなとか」と打ち明けていた。

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