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認知症も進み…朝丘雪路さん死去 体調急変 献身介護の夫・津川雅彦も臨終に間に合わず

女優で日本舞踊家の朝丘雪路さん(06年撮影)
Photo By スポニチ

 バラエティー番組の司会や歌手としても活躍した女優で日本舞踊家の朝丘雪路(あさおか・ゆきじ、本名・加藤雪会=かとう・ゆきえ)さんがアルツハイマー型認知症のため4月27日に死去していたことが19日、分かった。82歳。東京都出身。夫で俳優の津川雅彦(78)の献身的な介護を受け、都内の自宅で旅立った。葬儀は近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く予定。

おっとりした天然キャラクターで愛された朝丘さんが永眠した。2014年4月、娘で女優の真由子(44)が初めてプロデュースした時代劇ミュージカル「花や…蝶や…」に夫の津川とともに出演したのを最後に芸能活動を休止して、自宅で療養していた。

 関係者によれば、舞台を務め上げた後に認知症を発症。年々症状が進んでいったが、食欲もあって元気に毎日を過ごしていたという。亡くなった4月27日の朝も普通の様子だったが、その後急変。仕事場に向かう途中で、家事を手伝う女性から津川に連絡が入り、すぐに戻ったが、臨終に間に合わなかったという。故人の希望で、葬儀も家族葬で営まれ、今月17日に京都の加藤家の菩提(ぼだい)寺に納骨を済ませてからの発表となった。

 朝丘さんは1952年に宝塚歌劇団に入団し、月組に在籍して娘役として活躍。55年に退団して女優活動をスタートさせた。一躍お茶の間の人気者になったのが日本テレビ系の「11PM」のアシスタント役。66年から82年まで担当したが、67年に司会の大橋巨泉さんが胸の大きな朝丘さんを「ボイン」と呼び、これが当時の流行語となった。

 女優としては1作目のNHK大河ドラマ「花の生涯」(63年)や朝の連続テレビ小説「繭子ひとり」(71〜72年)「ええにょぼ」(93年)などに出演。夫の津川が監督した「次郎長三国志」(08年)にも花を添えた。歌手としてもNHK紅白歌合戦に10回出場し「スキャンドール」や「雨がやんだら」などのヒット曲も生んだ。

 私生活では67年に青森県八戸市の内科医師と結婚したが、72年に離婚。翌73年に津川と再婚し、74年に長女真由子が生まれた。その真由子が5カ月の時に誘拐事件に巻き込まれる事件でも騒がせた。

 お嬢様で天然キャラ。仕事でも私生活でも数々の「朝丘雪路伝説」を残し、愛された昭和のスターだった。

[ 2018年5月20日 04:50 ]

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