【夢中論】藤井フミヤ“アナログ回帰” 音楽でも絵画でも唯一無二の表現求めて

[ 2018年5月1日 11:30 ]

自宅の仕事部屋兼アトリエで絵筆を走らせる藤井フミヤ
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 比類なき声を持つ歌手の藤井フミヤ(55)。私生活でも、無二の表現を絵画に求めている。時間をつくっては、都内の自宅で日々キャンバスに向かう。「リタイア後の楽しみだよ」と冗談めかすが、約5年前に本格的に描き始めたという腕前はかなりのもの。「描き始めると、水を飲むのも忘れちゃう」というほどにのめり込む。

 アトリエを兼ねる仕事部屋に起きだしてくるのは朝の6〜7時ごろ。ほぼ毎日、午後に本職の音楽の仕事が始まるまで絵筆を握る。水彩やアクリル絵の具のほか、1年前には油絵も始めた。

 ラファエロの「聖母子」の模写を見せてくれた。「何で描いてると思います?」とニヤリ。こちらが首をかしげていると、少年のような顔つきで「ボールペン」と教えてくれた。色をたがえ、細かい線描を重ね濃淡までを表現。「その当時なかった道具で描くってのがいいでしょ」。時間がかかったのでは、と聞くと「思いのほかすぐできる。20時間くらい」。乾きが遅く時間のかかる油絵は、同時進行で4枚制作中だという。

 11年にグッズのカレンダー用に絵を描いたのをきっかけに勉強を始め、約5年前から本格的に。絵の魅力について「モチーフは裸婦が8割。男だから、描いてて楽しい」とジョークを交えつつ「ものづくりという共通項はある。アーティストとして生きてきた時間が長いんで。山登りも釣りも好きだけど、後に残っていくものが自分では楽しい」と話す。

 幼少期から絵は得意だった。「学校の成績も、美術しか良くなかった。音楽の授業は…ポップスとは違うからね」。漠然と美術で食べていく将来を描いていた。「歌手として存在してる人生の方がイレギュラーだね」と笑う。

 81年にチェッカーズとして「ヤマハ・ライトミュージックコンテスト」でグランプリ獲得以降、「たまたまなっちゃった、という感覚でやってきた」という歌手業。若いころには、美術との両立を目指したことがある。

 当時珍しかったCGを使い、幾何学的模様やスキャン画像などをポップアートに発展させた「FUMIYART」。93年の初の個展は15万人を動員し、ニューヨークやパリでも好評を博した。だが05年に美術活動に自ら区切りをつけている。なぜか。「自分の中では“2本柱でいけりゃいいな”と思ってた。でもメインの柱、音楽が揺らぎ始めた」と振り返る。「ラーメンにおけるギョーザみたいなもの。ラーメンがまずいといくらうまいギョーザも売れないでしょ」と、独自の表現で語った。

 その時期を振り返ると、CDセールスに落ち込みこそないが、多様な形態のライブに挑み始めていることが分かる。ギター一本でのライブや世界遺産での歌唱、14年には初めてフルオーケストラを従えてのコンサートを開いた。自身の歌を五感で感じ直すことで、自分にしか分からない違和感、停滞感を払しょくしようとした。

 「歌は確実に、若い時よりうまくなってる」。自身の声を地道に鍛え、多彩な演出を歌で彩色する感覚は、一筆ずつを重ね、完成を目指す絵画にも似る。「結果的に全てアナログに向かってますね。人の手でつくられたものには(デジタルは)勝てない気がする。複製できない、1枚しかないもの。そういうのに魅力を感じますね」。

 今年で56歳。「全然ストイックではないんだけどね」と謙遜しつつ、ライブでの歌声や機敏な動きは年齢を感じさせない。ミスで演奏やり直しということもたまにはあるが「生ってのは緊張感がある。生演奏で歌わないとつまんないと思うようになった」。まさにその日、その場でしか生まれない“作品”だ。

 「現時点で、テクノロジーがトゥーマッチでしょ。AIがAIを作るなんていう『ターミネーター』みたいなこともリアルになってきた。若い頃はCG芸術もそうだし、SF映画ばっかり見ているような新しいモノ好きだったけど、あまりに(技術革新が)早すぎ。“もう、いらなくね?”と思う」

 音作りもデジタルな手法を好んだ時代もある。「でも今、デジタルで制御された音楽やってる人って、お人形さんみたいでしょ」。人の持つ熱量の尊さに改めて気づいている。

 「50代に入ると、人生あと何年、っていう計算もしていかないとダメ。無駄にしたくない」と話す。向き合うのはもっぱら、ものづくり。「ラクに楽しい人生がいいし、休むのも大事だけど、頑張るところは頑張らないとね」と笑う。「絵は現時点では趣味。けどゴッホみたいに、没後に売れたいって野望もある」。音楽にも絵にも時間の許す限り手間と心血を注ぐ。それこそが、残りの人生で生む作品の“味”となる。

 ≪35周年記念ベスト盤、全国ツアーも敢行≫35周年の今年は7月18日にポニーキャニオン、ソニーミュージック時代のソロ曲をそれぞれ50曲収録したベスト盤2作を発売する。加えて9月22日の東京国際フォーラムホールA公演を皮切りに33カ所35公演の全国ツアー、年末には15回目にしてラストとなる東京・日本武道館でのカウントダウン公演も行う。「40周年の頃は60すぎ。自信ないからちょっと手前の節目をしっかりやる」としつつ「ここまで来たらみとらないとダメだよ、とファンの人には言ってる」と“生涯歌手宣言”した。

 ◆藤井 フミヤ(ふじい・ふみや)本名郁弥。1962年(昭37)7月11日生まれ、福岡県出身の55歳。中学時代にバンド「キャロル」に影響され音楽を始める。高校卒業後、国鉄勤務を経て上京し83年にチェッカーズでデビュー。92年の解散後ソロに転向し、93年「TRUE LOVE」、96年「Another Orion」などがヒット。

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