勘九郎、七之助が実践する2つの父の教え

[ 2017年4月12日 10:30 ]

中村七之助(左)と勘九郎
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 【川田一美津の何を今さら】久々の今回は歌舞伎の話。中村勘九郎、七之助らが出演する「夢幻(ゆめまぼろしか)恋双紙〜赤目の転生」(東京・赤坂ACTシアター)を見に行った。人気劇団「モダンスイマーズ」の座付き作家、今注目の蓬莱竜太氏が作・演出。2008年に十八世中村勘三郎さんが始めた赤坂大歌舞伎は、今回が5回目。初の新作となった。

 借金と病の父親を抱え貧乏長屋に越して来た若い娘の歌(七之助)と、彼女に思いを寄せる太郎(勘九郎)の果て無い情念の物語。恋しい女と幸せになることを一途に思う太郎が、その願いを叶えるべく何度も違う人格になって生まれ変わる。しかし、どれもこれもうまくいかない。結末は見てのお楽しみ。中でも金は稼ぐが強欲非道の太郎がピカイチ。思わず「うまいなあ」と身震いしてしまうほど美しい悪の魅力がほとばしっている。

 七之助の女形は、心底きれいだ。浮世絵から抜け出たような切れ長の目は生まれ持ったもの。新作とあって女形には珍しく感情も台詞も激しくやりとりする場面もあるが、最後まで口跡が乱れることがない。普段からの稽古のたまものだろう。それにしても、この兄弟のコンビネーションは見るたびに磨きがかかる。そして、「古典と新作を両輪に走り続ける」という父の教えをしっかりと胸に刻んでいる。かつて十八世は野田秀樹、渡辺えり(当時えり子)、宮藤官九郎ら当代の人気作家と新しい歌舞伎を創造した。それと同様、この2人は蓬莱竜太氏という新たな才能に出会ったということだ。

 歌舞伎を初めて書いた若き作家も、周囲の期待に十分に応えた。家の芸を何代にもわたり、役者の命を通じて時代を超えて蘇らせ、伝え続けるのが歌舞伎。その特異な伝統芸にふさわしい「転生」というテーマを選んだのは素晴らしい。ベルナール・ビュッフェの絵のような黒い木がそびえ立つシンプルな舞台装置、何よりも音楽がピアノには驚いた。鍵盤楽器の透明な音色が登場人物の心象風景を実に効果的に客席に伝える。全体を通してこれからの歌舞伎の息吹が垣間見えたような印象。可能性は常に生まれ続けるということを改めて知らされた。

 十八世の教えはもうひとつ。「テレビや映画に出ることも歌舞伎のお客さんを増やすため」。公演直前、勘九郎が19年放送のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺」に主演することが発表された。脚本を担当するのが、宮藤官九郎というのも縁を感じるが、この大役で五輪前に勘九郎ファン、歌舞伎ファンがさらに増えることも期待出来る。ますます目が離せなくなった「中村屋」である。

 ちなみに「夢幻〜」は25日まで。(専門委員)

 ◆川田 一美津(かわだ・かずみつ)立大卒、日大大学院修士課程修了。1986年入社。歌舞伎俳優中村勘三郎さんの「十八代勘三郎」(小学館刊)の企画構成を手がけた。「平成の水戸黄門」こと元衆院副議長、通産大臣の渡部恒三氏の「耳障りなことを言う勇気」(青志社刊)をプロデュース。現在は、本紙社会面の「美輪の色メガネ」(毎月第1週土曜日)を担当。美輪明宏の取材はすでに10年以上続いている。

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