天女の声!薬師丸ひろ子の生歌

[ 2016年12月16日 09:00 ]

薬師丸ひろ子
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 【牧元一の孤人焦点】新聞記者の仕事はつらいことも多いけれど、時にはとても良いことがある。11月28日、NHKのドラマ「富士ファミリー2017」(来年1月3日放送)の試写会を取材した時には、記者をやっていて本当に良かったと思った。

 このドラマは富士山のふもとにある小さなコンビニを舞台にした物語の第2弾で、薬師丸ひろ子、小泉今日子、ミムラらが出演している。試写会には薬師丸、片桐はいり、ミムラ、仲里依紗、鹿賀丈史が出席し、見どころなどを語って記者の質問に答えた。

 通常、NHKの試写会の取材は最後に出演者の写真撮影を行って終了する。ところが、この日は撮影の際に異変が起きた。NHKの関係者が、既に片付けてしまっていたマイクを再び用意し始めたのだ。撮影にマイクは必要ない。何かやり忘れたことでもあったのだろうか。

 撮影が終わり、マイクを握ったのは薬師丸だった。もう周りに共演者はいない。薬師丸一人きりだ。そして、ゆっくりと語り始めた。「きょうは記者の皆さんにお集まりいただいたので、アカペラではありますが、皆さんに福が来ますように歌わせてください」。一瞬、自分の耳を疑った。話しているのは、少しでも自分の歌をPRしたい新人歌手ではなく、歌手でもあるとはいえベテラン女優だ。その人が誰から頼まれたわけでもないのに報道陣の前でこれから歌うという。

 試写会用のマイクにはリバーブなどの音響効果がない。一般人がカラオケボックスで歌うよりもアウェーな環境だ。それでも、薬師丸はためらう様子もなく歌い始めた。このドラマのエンディング曲「A HAPPY NEW YEAR」。松任谷由実が作詞、作曲して歌っていたものを薬師丸がカバーした。静まりかえった会場に響き渡る生歌。繊細で透明感のある声に優しく包み込まれ心が温まるのを感じる。これを天女の歌声と言わず何と言おう。

 薬師丸は曲のワンコーラスを歌い終えると「皆さんに福が来ますように」とつぶやいた。50人ほどの報道陣と関係者がいた会場から大きな拍手が起きた。私はあまりの感激に、しばらく取材席から立ち上がることができなかった。

 薬師丸の歌はコンサートに足を運べば聞くことはできる。音響を考えれば、コンサートで聞いた方が優れた面が多いだろう。しかし、自分の意志で聞きに行った歌と、向こうの好意で期せずして聞いた歌では、同じ歌であっても感じるものの大きさが異なるのだとその時、分かった。アカペラだろうが試写会用のマイクだろうが関係ない。突然の贈り物は、何歳になってもうれしい。それが、以前から欲しかった品ならば、なおさらだ。

 薬師丸自身がそのような贈り物の効果を意識していたかどうかは定かではない。たぶん、「皆さんに福が来ますように」という善意が全てだろう。善意だけだからこそ、こちらの心にあれほど響いたのだとも思う。

 私は数日後、薬師丸の最新アルバム「Cinema Songs」を購入した。自身が主演した映画「セーラー服と機関銃」の主題歌など、映画にまつわる楽曲を歌った作品だ。通勤時などにiPodで聞くと、穏やかな気持ちになる。そして、35年も前から薬師丸の歌声に魅了され続けていることに、少し驚きを感じる。(専門委員)

 ◆牧 元一(まき・もとかず)編集局文化社会部。放送担当。プロレスと格闘技のファンで、アントニオ猪木信者。ビートルズで音楽に目覚め、オフコースでアコースティックギターにはまった。太宰治、村上春樹からの影響が強い。

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2016年12月15日のニュース