ラジオだから見えるものもある

[ 2016年12月7日 09:10 ]

 【牧元一の孤人焦点】「ぜひ聴いてみてください」と一枚のCD-Rを手渡された。白い盤面に「ニッポン放送報道スペシャル 子どもたちの震災~しゃべっていいんだ」というタイトルが記されていた。ニッポン放送と言えば娯楽番組とスポーツ・競馬中継の印象が強いので、報道スペシャルの文字を新鮮に感じた。今年5月29日深夜に放送された番組を録音したものだった。

 早速その日の夜、自宅で聴くことにした。パソコンにCD-Rを入れると、BGMもなく静かに番組が始まった。16歳の男子高校生の声。東日本大震災の時、小学5年生だったという。その少年は地震発生後に避難した場所で、津波が迫ってくるのを見た。こちらに向かって人々が走って逃げてくる。しかし、津波の速度は速い。波にのまれながら自分の方に手を伸ばしてきた人がいた。その人と目が合った。心の中では助けたいと思ったが、物理的に助けられるわけがなかった。それでも、手を伸ばさなかった後悔、見殺しにしてしまった後悔があるのだと彼は言った。この話はずっと誰にも明かせず胸にしまい込んでいたのだという。

 彼の語りによって津波が見えた。もちろん見えるはずはないのだが、見えた気がした。少なくとも津波の恐怖を再び実感することができた。私は東日本大震災の津波を体験していない。震災直後はテレビの映像を見て恐怖を感じたが、最近はそのような映像を目にすることもなくなった。被災者の心情などを考えれば、今、あの恐ろしい津波の映像をテレビで流すことは不可能だろう。ならば、話を聞くしかない。その媒体として、ラジオは最適なのではないか。語る人の声を聞くことで、語られる事象をより切実に感じることができる。何の映像も介在しない分、その事象をより深く想像することができる。語る側も目の前にカメラがない方が語りやすい面もあるだろう。

 この番組は日本民間放送連盟の「日本放送文化大賞 グランプリ(ラジオ)」を受賞した。審査講評には「震災から5年の月日がたった今だからこそできる時宜にかなった企画。被災者たちの心の復興が大きなテーマであることにあらためて気づかされる。的確な取材によって、子どもの素直な“語り”に現れる本音を聞き出しており、その繊細な感情にふれることができた」と記されている。12月31日午後2時からニッポン放送で再放送される予定という。

 番組の中で専門家は、いまだに口を閉ざしている被災者について「語らなければいけない。語ることで前向きな心を獲得できる。語らないことは危険で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になる。そろそろ語らないといけない。泣かないといけない」と話していた。

 災害は東日本大震災だけではない。事件や事故だってある。ラジオで話を聞くべき人たちは日本全国にまだまだ数多く存在する。(専門委員)

 ◆牧 元一(まき・もとかず)編集局文化社会部。放送担当。プロレスと格闘技のファンで、アントニオ猪木信者。ビートルズで音楽に目覚め、オフコースでアコースティックギターにはまった。太宰治、村上春樹からの影響が強い。

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