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「観相学」の藤木相元さん死去 特攻から生還、大物と交流も

[ 2014年6月2日 08:00 ]

藤木相元氏の祭壇に飾られた肖像画。72歳頃に描かれたもので、生前、本人が特に気に入っていた表情の絵だった

 顔からその人の素質や性格を割り出す「観相学」で知られた藤木相元(ふじき・そうげん)氏が5月31日午後1時26分に亡くなっていたことが1日、分かった。死因は慢性閉塞性肺疾患。兵庫県出身。91歳だった。1日、ごく親しい近親者のみで密葬が営まれた。葬儀が終わるまで、取材対応などはしないという。

 関係者によると、藤木氏は全国各地での講演や本を執筆するなど年齢を感じさせないほど積極的に活動していたが、4月20日に体調不良を訴えて入院。当日も週刊誌の取材予定が入っていたほど元気だった。間もなく、感染症の影響で肺疾患が重くなり治療を続けていた。

 藤木氏が設立した嘉祥流観相学会の関係者がみとった。目を閉じてから30分後に吸い込まれるようだったという。「顔は穏やかで肌艶も良く、亡くなったとは信じられないほど」(関係者)だった。

 藤木氏は1923年(大12)生まれ。日大在学中に学徒出陣し沖縄戦に参加、特攻から奇跡的に生還を果たした。55年に観相学の科学的研究をスタート。吉田茂氏、松下幸之助氏、力道山ら政財界、スポーツ界の大物と交遊があったほか、フジテレビ「笑っていいとも!」など多数のメディアに出演し、お茶の間の人気を集めた。

 スポニチ本紙にも何度も登場。麻生太郎財務相や、鳩山由紀夫元首相、生活の党・小沢一郎代表や数多くの政治家を鑑定したほか、頭の大きさや目と目の間の広さなどで見る「馬相」で有馬記念の予想もしていた。

 ≪12年スポニチ紙面で大谷を絶賛≫藤木氏が最後に本紙に登場したのは12年12月。一度は大リーグ入りを表明しながら、日本ハムに入団を決めた大谷翔平について「幅の厚い立派なあごが特徴的。倒れても倒れても起き上がる、はいつくばりながらでも勝利をもぎ取る男のあご。動物的な力強さを持つ長嶋茂雄と村山実をミックスした顔」などと絶賛していた。

 ◆藤木 相元(ふじき・そうげん)1923年(大12)1月1日、兵庫県生まれ。嘉祥流観相学会導主。55年に藤木研究所を設立し観相学の科学的究明を行う。65年に三輪宗高山引接寺で嘉祥流観相学会を組織。著書には「運のつくり方・開き方」(PHP研究所)、「大物たちの人間力」(KKロングセラーズ)など。

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