新藤監督“終わりの映画”で「戦争反対」訴える

[ 2011年8月7日 06:00 ]

新作映画「一枚のハガキ」が公開初日を迎え、舞台あいさつする新藤兼人監督

 広島は6日、被爆から66年の「原爆の日」を迎えた。東京電力福島第1原発の事故を受け、放射線による被害への不安が高まる中、広島市中区の爆心地に近い平和記念公園では「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」が営まれた。同市出身で邦画界最高齢の新藤兼人監督(99)は、最後の作品と位置づける映画「一枚のハガキ」が公開初日を迎えて東京都内で舞台あいさつに臨み、平和の大切さを訴えた。

 車椅子の新藤監督は、孫の新藤風監督(34)に押されて登壇。「きょうはありがとうございました。映画監督の新藤です」の第一声に、会場は大きな拍手と歓声に包まれた。

 49作目を最後の監督作と決めて臨み、昨年10月に引退表明。その注目作は、自身が呉海兵団に入団した際の経験を基に、戦死した兵士と残された家族を描いた。昨年の東京国際映画祭審査員特別賞を受賞している。この日は「自分の人生の“終わりの映画”を1本作っておきたいと思い皆さんに集まっていただいた。テーマは戦争反対。なぜ戦争のようなバカバカしいことをやるのだと…」と強調した。

 自身は1944年(昭19)に軍から召集を受けた。旧広島県佐伯郡(現広島市佐伯区)出身。原爆投下時は、兵庫県の宝塚海軍航空隊に所属しており被爆を免れた。戦地に赴くことはなかったが、戦争反対の思いを「原爆の子」(52年)などに託してきた。今回の作品は、こうした思いの集大成といえる。「何事にも終わりがあり、私にも終わりが来た。新藤はこんな映画を作ってきたんだと時々思い出してください。それなら私は死んでも死なない」と“最後の公開初日舞台あいさつ”を締めくくった。

 「新藤組」の一員として多くの映画に出てきた津川雅彦(71)は「(監督の)語り口は明るくコミカルだが、戦争の悲惨さも、のみ込ませてくれる方。この作品をみなさまにお送りできるのは誇り」と述べ、涙ぐんだ。大竹しのぶ(54)から手渡された99本のバラを手に、新藤監督は会場を後にした。

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2011年8月7日のニュース