【侍ジャパン】最年長36歳の菅野 503日ぶり東京Dで意地の4回無失点「かみしめて今日を迎えた」

[ 2026年3月9日 05:00 ]

第6回WBC1次ラウンドC組   日本4ー3豪州 ( 2026年3月8日    東京D )

<日本・豪州>3回、ミードを併殺に仕留めガッツポーズする菅野(撮影・尾崎 有希)
Photo By スポニチ

 これぞ凱旋登板。侍ジャパンのロッキーズ・菅野が東京ドームに帰ってきた。指揮官から登板日を伝えられて以降、待ちわびていたマウンド。「東京ドームで投げられるというのを、かみしめて今日を迎えた」。思いは初回から投球に表れた。

 井端監督は「初回からあれだけ声を出して投げる菅野を初めて見た。凄く頼もしく見えた」と称えた。スプリット、カットボールを駆使し、3回には狙い通りに併殺打に仕留めるなど4回4安打無失点。「立ち上がりをゼロに抑えることだけを意識した」。24年10月21日以来503日ぶりに、慣れ親しんだ場所で躍動した。

 野球人生始まりの地だ。幼少期は伯父・原辰徳氏の応援で訪れ、自然とこの地で活躍することを夢見た。プロ初登板も、初勝利も東京ドーム。背番号は「19」でスタートした。メジャー1年目も背番号「19」。「思い入れがある。背番号で野球をやるわけじゃないけど、巡り合わせ」という「19」を主要国際大会では17年WBC以来となる侍でも背負った。

 「原点」に立ち返った。宮崎事前合宿に合流2日目の2月23日。右腕は、同じ宮崎運動公園内にある巨人の2軍キャンプ地のひむかスタジアムへ向かった。目的は恩人と慕う久保康生巡回投手コーチと投球フォームを確認するため。MLB球を持ち込み、ブルペンで1時間の特訓が始まった。

 二人三脚で一から投球フォームを見つめ直した、あの時と同じネットスロー。動画を撮りながら2人で確認し、同コーチの言葉に、深くうなずいた。日本が世界一に沸いた23年は自己最少の4勝。復活は「久保さんがいなかったら野球人生が終わっていた」という恩師との時間があったからだった。戦いの場を移してもなお、帰ってくる場所だった。

 最年長の36歳が見せた熟練の50球。「任された場所で今日みたいなピッチングをしたい。強い結束力の中で(マイアミに)乗り込むことができる」。原点でまた一つ、手応えを得た。(小野寺 大)

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

野球の2026年3月9日のニュース