【古豪巡礼】大阪の伝統「三本線」が途切れない理由 市岡が“皆勤ストップ危機”脱して、つなぐドラマ

[ 2026年2月22日 09:00 ]

<古豪巡礼>伝統ある三本線帽を手にする市岡・川島主将(撮影・長嶋 久樹)
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 連載「古豪巡礼」の第3回は、夏の地方大会に第1回大会から皆勤出場を続ける市岡(大阪)を特集する。大阪市内で3番目に開校した旧制中学を意味する三本線が入った特徴的な帽子でも知られる伝統校。甲子園大会には、第2回大会だった1916年夏の準優勝を含む春夏通算21度の出場を数える。1995年春の選抜出場など現在も奮闘を続けている公立の雄の今に迫る。(取材・河合 洋介)

【古豪巡礼】大阪伝統の三本線。「皆勤15校」市岡が守り続ける伝統の今。

 誇らしさと恐怖心、2つの感情は背中合わせだ。夏の地方大会に第1回から全て出場している高校は全国に15校あり、大阪には1校しかない。その市岡の野口諭史監督は「皆勤出場はうちのアドバンテージですから」と唯一無二の伝統を売りにしている。ただし、戦績が低迷して部員が集まらないような事態に陥れば、100年以上守り続けてきた皆勤出場が途切れることになる。この重圧も、大阪では市岡しか分からない。

 選手数は2年生13人、1年生15人の計28人を擁する。皆勤出場が途切れる気配はなさそうに見えるが、現実は違う。昨夏限りで引退した3年生は3人、その1学年上も6人しかいなかった。23年秋の大阪大会は助っ人として在校生2人をベンチ入りさせ、何とか単独出場にこぎつけた。野球人口が減り続ける今、皆勤出場はいつ途切れてもおかしくない状況なのだ。

 今年の部員数の多さについて、野口監督は「最近の成績が大きい」と明かす。24年秋の大阪大会で5回戦まで進み、翌春選抜大会の21世紀枠大阪推薦校に選ばれた。その戦績を知って集まったのが現在の1年生15人だ。同監督は「部員数は苦しい時代から少しずつ戻りつつある」と胸をなで下ろすが、油断はできない。部員数が激減した23年頃から髪型の坊主頭を廃止。指導者は、中学校を訪問することがあれば、野球部の宣伝も忘れず付け加えるようにしている。

 地道な努力で繋いできた伝統が、新たな物語を生む。95年春の選抜大会で背番号1を背負った井上雅文の息子・智文(2年)が同校に入学し、昨夏に父と同じエース背番を背負った。「小6の時に父の甲子園の映像を初めて見て、凄いな…と驚きました。自分も甲子園に出たいと思い、市岡を選びました」。その選抜大会で背番号5だった垂井亨平の息子・勝星(しょうせい=1年)も入部。息子たちは、親子二代で三本線の帽子をかぶることに憧れてきたのだ。

 夏の大会の試合前、野口監督は観客席を見ながら選手に伝える。「応援の数が凄いやろ?みんな市岡を応援してくれてるんやで」。三本線は、大阪の高校野球ファンにとっても特別なのだ。主将の川島蓮斗(2年)も「皆勤校という理由で応援してくれる方もいると思う。公立校で、ここまで応援してもらえる高校があるのかと驚きました」と一際大きかった声援を思い返す。三本線の帽子をかぶれば分かる。皆勤校としての歴史が力になる。

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