阪神・原口 涙の引退セレモニー「どうなるか分からない命を」19年に大腸がん 病院関係者にも感謝

[ 2025年10月2日 20:55 ]

セ・リーグ   阪神―ヤクルト ( 2025年10月2日    甲子園 )

<神・ヤ> 川藤幸三氏(右)から花束を受け取り涙を流す原口(撮影・大森 寛明)
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 阪神の原口文仁内野手(33)が、今季最終戦となった2日のヤクルト戦に出場し、ファンに雄姿を見せた。

 試合後の引退セレモニーでは周囲に感謝しつつ「僕の野球人生を表しているような応援歌をつくっていただき、どんなときも最高の応援をありがとうございました」とファンに感謝。

 さらに「大病を患ったとき、どうなるか分からない命を、病院の先生方、看護師さん、リハビリの先生、病院関係者の皆様に救っていただきました。今こうして、この場に立っていることが、どれだけ尊いことか、どれだけ幸せなことか、決して当たり前ではないと改めて実感しています。本当にありがとうございました」と病院関係者にも感謝。目を充血させ、涙をこらえながら語った。

 だが、セレモニーには代打の神様として先輩の川藤幸三氏が登場すると涙をこらえきれず、熱いものが頬を伝った。

 試合は7回、2死一塁の場面で、大山の代打として登場した。ヤクルトは帝京高校の後輩で4番手・清水に継投する“粋な”采配。初球をフルスイングし、甲子園球場のファンをどよめかせた。最後は中飛に倒れたが、割れんばかりの拍手と大歓声が沸き起こり、原口は帽子を取って歓声に応えつつ、清水にも“感謝”した。

 その後は一塁手としてプレーしたが、9回には同年代の岩貞とバッテリーを組み、捕手として21年9月19日以来のプレー。打者1人に対してのみの交代となったが、甲子園のファンにはうれしいワンプレーとなった。

 原口は帝京(東京)から2009年ドラフト6位で入団。強打の捕手として期待されたが、12年シーズン後には椎間板性の腰痛のため、育成契約に降格。16年に支配下復帰後は右肩の負傷もあり、登録ポジションは捕手から内野手、内野手から捕手への変更を繰り返した。さらに19年1月には大腸がんを公表。不屈の闘志で手術、闘病、リハビリを乗り越えて同年6月に実戦復帰を果たした。以降は主に“代打の神様”として23年のリーグ優勝に貢献。昨年オフには出場機会を求めてフリーエージェント(FA)宣言したが、結果的に阪神残留となった。

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